2018年05月19日

春の北鎌倉(3)〜建長寺、鶴岡八幡宮〜

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前回はゴールデンウィークのレポートを挟んでしまいましたが、
今回はその前からお伝えしている「春の北鎌倉散策」のお話の続きです。

北鎌倉駅からスタートして、円覚寺、明月院と2つのお寺を見てきましたが
ここまででも結構歩きましたね。この時はとても心地よい疲れを感じていましたが
お寺巡りというのは想像以上に体力を要するものなんだと実感されられます(汗)。

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さて、明月院を出た後は再び鎌倉方向へと歩みを進めますが、
次なる目的地は、鎌倉五山第一位・・・鎌倉の禅宗寺院の中でも最も格式が高く、
鎌倉を代表する観光スポットとして名高い「建長寺」。
明月院からは0.6kmほどの距離です。

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(↑)明月院から建長寺へ向かうその途中にもお寺がありました。
  「長寿寺」という臨済宗建長寺派の寺院で、正式名称は「宝亀山 長壽寺」。
  実はここ、これから向かう建長寺の塔頭寺院(たっちゅうじいん)なんですね。
  本尊は観音菩薩とのことで、鎌倉のガイドブックにも載っています。

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(↑)ここは南北朝時代の建武3年(1336年)、
  鎌倉幕府を滅ぼし室町幕府を興した足利尊氏の鎌倉邸跡に創建され、
  後に尊氏の子で鎌倉公方の足利基氏が父・尊氏の菩提寺とした寺で、
  境内には尊氏の遺髪を埋めたと伝わる五輪塔があります。
  初夏のアジサイや秋のもみじが色づく頃の庭園がとりわけ美しい
  知る人ぞ知る鎌倉の隠れた名所なんだそうですが・・・
  公開は季節限定とのことで、残念ながらこの時は非公開(泣)。
  また季節を見計らって訪れたいと思います。

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(↑)長寿寺からさらに少し歩くと、今度は学校の建物が見えてきました。
  ここは「鎌倉学園中学校・高等学校」、通称「鎌学」。
  私立の男子校で、神奈川県で高校受験をした人なら知らない人はあまりいないかと思います。
  サザンオールスターズの桑田佳祐の出身校としても有名ですね。

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(↑)実はその鎌倉学園のすぐ隣が「建長寺」なんですね。
  この鎌倉学園は、建長寺が宗派の師弟教育のために設立した
  「宗学林(そうがくりん)」という教育施設を前身とした学校で、
  今も理事長をはじめ学校の理事の多くが建長寺や関係寺院の僧侶なんだとか。
  この学校では禅の精神の体験を目的とした建長寺での坐禅教室なども
  教育の一環として取り入れているそうです。

というわけで、鎌倉随一の名刹・建長寺までやってきました。

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建長寺・・・
鎌倉時代の建長5年(1253年)に、鎌倉幕府5代執権・北条時頼が
中国(南宋)の禅僧・蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)を招いて創建した
日本最初の禅の専門道場としての寺院で、正式名称は
「巨福山建長興国禅寺(こふくさんけんちょうこうこくぜんじ)」。
鎌倉五山の第一位とされる臨済宗建長寺派の大本山です。
度重なる地震や大火により創建当時の建造物は失われており、
現在の建物はすべて江戸時代以降に再建、又は他所から移築されたものだそうですが
総門・山門・仏殿・法堂・方丈が一直線に並ぶ伽藍配置は
創建当時の面影を残すものとされ、その多くが重要文化財などに指定されています。

根菜類やこんにゃく、豆腐を胡麻油で炒めたものに出汁(精進出汁)を加え
醤油や味噌で味付けしたおなじみの汁物「けんちん汁」は、一説に
ここ建長寺が発祥(「建長汁」が訛ったもの)と言われていますね。


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(↑)入口にあたる「総門」は、江戸時代の天明3年(1783年)の建立で
  昭和15年(1940年)に京都の般舟三昧院(はんじゅざんまいいん)から
  移築されたものだそうですが、なかなかの風格があります。

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(↑)「巨福山」の山号が書かれた額はこの寺の10世住持にして書の名手であった
  一山一寧(いっさん いちねい)の筆と伝えられています。
  「巨」の字の真ん中下に余計な「点」が加えられているのがちょっと気になりますが、
  この点があることで全体に安定感が出ているんだとか。

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(↑)総門の先にあるのが「山門(三門)」(安永4年(1775年)造)。
  高さ約30mの巨大な立派な門です。こちらの額には「建長興国禅寺」の寺号が刻まれています。

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(↑)山門の奥には仏殿がありますが、その仏殿手前の参道脇には
  蘭渓道隆の手植えと伝えられる推定樹齢760年のビャクシンの木があります。
  宮崎アニメに登場しそうな(?)もの凄い生命力を感じる巨木です。
  
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(↑)「仏殿」・・・お寺の本尊の仏様が安置されている「本堂」です。
  現在の仏殿は4代目のものと言われ、元々は東京・芝の増上寺にあった
  江戸幕府2代将軍・徳川秀忠夫人・崇源院の霊屋(たまや:霊廟)だったものを 
  正保4年(1647年)に移築したものなんだとか。
  堂内に安置されている本尊は「地蔵菩薩坐像」。
  禅宗寺院では一般的に「釈迦如来」が本尊であることが多いのですが
  実は、建長寺があるこの場所はかつては「地獄ヶ谷」と呼ばれた処刑場で、
  元々地蔵菩薩を本尊とする「伽羅陀山心平寺」というお寺が建っていたそうで
  その本尊を建長寺が引き継いで今日に至っている、という由来があるんですね。
  お寺の歴史というのは結構複雑だったりします。 

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(↑)仏殿のさらに奥にあるのは「法堂(はっとう)」(文化11年(1814年)造)。
  法堂とは、住持(住職)が修行僧たちに説法(講義)をする場で
  禅宗以外の宗派では「講堂」と呼ばれる建物ですが、
  建長寺では388人もの僧侶がここで説法を受けていた記録もあるんだとか。
  現在は法要・講演・展覧会などに使われているそうです。
  
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(↑)法堂よりさらに奥にあるのは「方丈(ほうじょう)」。
  建長寺の方丈は「龍王殿」と呼ばれ、現在の建物は総門と同じく
  昭和15年(1940年)に京都の般舟三昧院から移築したもので、
  内部には夢窓疎石の作といわれる庭園もあります。

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(↑)方丈入口の門である「唐門」。
  唐破風(からはふ:曲線を利用した破風)造り・漆塗りの実に立派な門です。
  仏殿と同じく、芝の徳川秀忠夫人・崇源院の霊屋から移築したもので、
  平成23年(2011年)の大修理で往時の煌びやかな美しい姿に再現されています。
 
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(↑)方丈内部とその庭園は見学可能・・・だったんですが、
  実はこの時、私は不覚にもその入口を見落としてしまい(汗)、恥ずかしながら
  中へは入れないものと誤解してここで引き返してしまいました(実は右手奥に入口がありました)。
  方丈はまた次に来たときにじっくり見学したいと思います。

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(↑)総門から方丈まで、建長寺の伽藍を構成する建物をざっと見てきましたが、
  これらの建物はほぼ一直線に並んでいました。振り返ってみるとその様子がよくわかります。
  総門まで戻りがてら、もう一度境内をよく見てみます。

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(↑)建物の屋根など至る所に目につく「三つ鱗(みつうろこ)」の紋。  
  鎌倉幕府の執権職を世襲し、事実上の最高権力者一族であった北条氏の家紋です。
  その北条得宗家の権力基盤を固めた5代執権・北条時頼が創建した建長寺・・・
  その威勢の痕跡はこのお寺の中に今もたくさん残されています。

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(↑)山門の右手にある、
  建長寺の開祖・蘭渓道隆の墓塔を守る塔頭寺院「西来庵(せいらいあん)」。
  ここは蘭渓道隆の墓塔やその像を安置する「開山堂」、坐禅堂などがある
  この寺の聖域ともいえる場所で、修行僧たちの修行道場でもあります。
  一般の参拝客は入れませんが、入口の門(嵩山門(すうざんもん))の向こうは
  明らかにこちら側とは違う(?)何か厳粛な空気が流れているのがわかります。

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(↑)その嵩山門の近くにある、建長寺の「梵鐘」。
  茅葺の鐘楼に吊るされた高さ約2.1m、重さ2.7トンの巨大な鐘は
  建長7年(1255年)に鋳造されたものだそうで、
  建長寺創建当時の数少ない貴重な遺品の一つとして国宝に指定されています。


創建当時の建造物こそ失われているものの、
伽藍を構成する建物の圧倒的な規模や荘厳さで、その威厳と風格を今に伝える建長寺。
歴史ある大寺院の雰囲気はやはり一般的なお寺(小寺院)のそれとはかなり違うものがありました。
そこには中世の権力者の示威的な意向が汲み取れるものもありましたが、
現在においても単なる宗教施設としてではなく、
歴史の生き証人としての大切な役目も担っている存在なのかもしれません。



さて、建長寺を参拝した後は、この日最後の目的地・・・
鎌倉の中心的存在にして鎌倉を象徴する神社「鶴岡八幡宮」を目指します。

建長寺から鶴岡八幡宮までは1.7qほどの道のりなんですが
いわゆる「鎌倉街道」と言われる道の一つで
三方を山に囲まれた鎌倉への陸路の入口である「鎌倉七口」の一つ・
「巨福呂坂(こふくろざか)」と呼ばれる切通しの峠を越えます。
鎌倉時代末、新田義貞率いる倒幕軍が、鎌倉幕府最後の(16代)執権・
北条守時らの率いる幕府軍と激戦を繰り広げたというその一帯は
その地形的な険しさからか今も人家は少なく、その人通りの少ない道は
さすがに夜は歩きたくない(?)寂しさが漂っていました。

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(↑)建長寺から巨福呂坂に至る道の途中に、もう一つ小さなお寺がありました。
  建長寺の塔頭寺院の一つで「円応寺(えんのうじ)」というお寺です。
  建長寺境内・境外に今もある建長寺の塔頭寺院は全部で12か院だそうですが
  常時一般公開しているのはこの円応寺だけとのことで
  ちょっと立ち寄ってみることにします。

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(↑)ここは人が死後に冥界で出会うという「閻魔大王」を中心とした
  「十王(じゅうおう)」を祀るお寺。
  元は「新居閻魔堂(あらいえんまどう)」という海近くの川沿いにあったお堂で、
  江戸時代の元禄16年(1703年)の地震と津波で破損したため、
  その後現在の場所に移されて今に至っているのだとか。

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(↑)山門の少し先にある円応寺の本堂。
  その内部は鎌倉時代の仏師・運慶が作ったといわれる
  「閻魔王坐像」(重要文化財)を中心に、「初江王」「宋帝王」などといった
  死者の生前の行いを裁く「十王」の像が参拝者を囲むように並んでいて、
  普通のお寺とは大分雰囲気が違うものがありました。

円応寺の堂内は撮影不可で、写真ではお見せできないのですが  
本尊の閻魔様をはじめ十王の像はとても写実性豊かで、その睨みをきかせている表情は
本当に目の前にリアル閻魔様たちがいるかのような錯覚さえ覚えます。
死んだときに閻魔様に厳しい裁定を下されないよう、
私も悪いことはなるべくしないように生きていこうと思います、ハイ(笑)。


さて、円応寺から再び歩き始め、
巨福呂坂(巨福呂坂洞門というトンネルがあります)を越えると
やがて人家が多く見え始め、車や人の往来もにぎやかな鎌倉中心部のエリアに入ります。
いよいよ鶴岡八幡宮の境内も見えてきました。

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鶴岡八幡宮・・・
平安時代の康平6年(1063年)に、前九年の役で奥州を平定した源頼義が
出陣に際して加護を祈願した京都の石清水八幡宮を鎌倉由比ヶ浜郷に勧請し創建した社殿を、
治承4年(1180年)に鎌倉入りした源頼朝がこの地に移したもので
それ以後は源氏の氏神、鎌倉武士の守護神として、
また鎌倉幕府初代将軍・源頼朝ゆかりの場所として
多くの人々の信仰を集めてきた、鎌倉を象徴する神社です。

全国屈指の初詣の参拝者数を誇る神社としても知られていますので
知らない方はほとんどいないと思いますが、鎌倉を代表する観光スポットだけに、
正月のみならずいつでもたくさんの人が訪れていて
今は外国人の観光客もとても多く見受けられます。
私自身ここへ来たのはかなり久しぶりだったんですが
ここの雰囲気は昔から変わっていないですね。

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(↑)鶴岡八幡宮の参道は、由比ヶ浜から鎌倉の中心部をほぼ南北に貫く
  「若宮大路」と呼ばれる大通りで、
  古都・鎌倉がこの神社を中心に発展したことを物語っています。
  「三の鳥居」と呼ばれる大鳥居の先が現在の境内で、
  この日も大勢の人で賑わっていました。

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(↑)境内に入ってすぐの所に「源平池」という池があり、
  その池を横切るように石造の橋が架けられているのが目に入ります。
  「太鼓橋」という橋で、私の子どもの頃はこの上を渡ることも出来たんですが
  安全対策のためか(?)今は柵で仕切られていて中に入ることはできません。

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(↑)境内の参道をまっすぐ進むと、舞を奉納する舞台「舞殿」があり
  その先をさらに進むと本宮(上宮)に続く石段の下まで来ます。
  寺社仏閣巡りは階段の上り下りがつきもの・・・脚力が要求されますね(汗)。

その石段の途中、
中段の左脇にはかつて「隠れ銀杏」と呼ばれたイチョウの巨木がありました。
その木は建保7年(1219年)1月27日、2代将軍・源頼家の子の公暁(くぎょう)が
その木影に隠れて待ち伏せをし、3代将軍・源実朝を殺したという伝説で有名な
この神社のシンボル的存在・・・だったんですが、
なんと平成22年(2010年)3月10日の強風で折れて倒れてしまったんですね。
私自身このイチョウの大木はよく覚えていただけに、
このニュースは結構ショックだった記憶があります。

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(↑)幹が折れ倒れてしまった大イチョウ。
  根元から高さ4メートルまで残った部分は、7メートル離れた場所に移植されて
  今も保存されていました。

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(↑)一方、元々大イチョウがあった場所には、木の根から新たな若木(蘖:ひこばえ)が伸び始め、
  倒れた大イチョウの後継樹として今もすくすく成長しているようです。
  この若木が先代の木と同じ大きさになるには気の遠くなるような時間を要しますが
  この先も神様に見守られながら大木に成長していってほしいものです。

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(↑)階段を上りきると、本宮の「楼門」の袂に出ます。
  扁額に記された八幡宮の「八」は鳩の向き合う形を表したもの・・・
  これは八幡神の使いが鳩であることにちなんだものなんだとか。

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(↑)本宮は、文政11年(1828年)に江戸幕府によって造られたもので、
  本殿、幣殿、拝殿が縦に並んだ形式になっています。
  その横にはこの神社の宝物を展示する宝物館もあり、
  有料(200円)で見学できるようになっています。

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(↑)ここの絵馬はなんと、イチョウの葉の形をしています。
  若木のイチョウの生命力にあやかろうということらしく
  多くの人が願いを捧げています。

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(↑)本宮楼門(石段上)からは鎌倉の街を見下ろせます。
  「いい国造ろう」でおなじみ、12世紀末に源頼朝によって造られた
  鎌倉幕府という武家政権によって新たな時代がスタートしたものの
  それは血で血を洗う権力闘争の時代の始まりでもあり、
  この鎌倉はその後の幾多の悲劇の舞台にもなってきました。
  さまざまな歴史を刻んできた古都・鎌倉・・・
  その歴史の一部始終を静かに見守ってきた鶴岡八幡宮・・・
  ここに立つといろいろな想いが込み上げてきます。

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(↑)さて、北鎌倉から歩いてきた今回の散策もひとまずここがゴール・・・
  ということで、再び石段を下りて帰路に着きます。
  源平池のほとりまで来たところ、
  池のほとりの「神苑 ぼたん庭園」の牡丹がちょうど見頃とのことでしたので、
  最後にここを見学して帰ることにしました。

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(↑)円覚寺の塔頭「松嶺院」で咲いていた牡丹も綺麗でしたが、
  ここは「ぼたん庭園」と言うだけあって、園内見渡す限り牡丹が咲き乱れています。
  牡丹にもいろいろな種類があるようですが
  色とりどりの大輪の花が一日歩いてきた疲れを忘れさせてくれます。

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    牡丹花は 咲き定まりて 静かなり 花の占めたる 位置のたしかさ



北鎌倉駅からスタートし、円覚寺〜明月院〜建長寺〜鶴岡八幡宮と巡ってきた
今回の「春の北鎌倉の旅」・・・
私自身久々の鎌倉ということもあって、以前にも来たことがあるスポットであっても、
いろいろ新しい発見や感動がありましたが、なによりも歩くことで日頃のストレス解消ができ
心身共にリフレッシュすることができたように思います。
「パワースポット巡り」として、若い女性などにも最近は人気の「寺社仏閣巡り」・・・
「歩く修行」(?)も兼ねて、心地よい疲れを感じつつ
自分と静かに向き合える貴重な時間をも過ごすことができますので
みなさんもたまにはこんな旅いかがでしょうか?
posted by 松風あおば at 01:04| 日記

2018年05月14日

2018ゴールデンウィーク満喫

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今回は前回の北鎌倉のお話の続き・建長寺・・・の予定でしたが、すみません(汗)。
今年もゴールデンウィークが過ぎたばかりということで、
先に先日のGW中の出来事を振り返ってみたいとと思います。


毎年GWといえば、当サークル(虹の卵)は
一次創作イベント・コミティアへのサークル参加が恒例・・・だったはずなんですが
今年はとんだ凡ミスで参加申込をスルーしてしまい、
(皮肉にも)かなりゆったりとしたGWを過ごすことになってしまいました。
そのコミティアが開催されていたGW終盤は好天にも恵まれ、
絶好のお出かけ日和となったため、そのコミティアへの一般参加も含め
いろいろ楽しいことがあったんですが、
そのへんについて、ここでざっと振り返ってみたいと思います。

COMITIA124(5月5日)

本当ならサークル参加するはずだった5月コミティア・・・ですが、
今回もまったり昼頃から一般参加してきた私です。
一般参加とサークル参加では緊張度が全然違うもので、
迂闊にも午前中のんびりし過ぎてしまって(汗)家を出るのが遅れてしまい
国際展示場の駅に着いたのは正午過ぎ・12時半近くでした。

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(↑)GW中盤まで悪天候に見舞われていたのが嘘のような快晴の
  子どもの日の東京。歩いていると汗ばんでくる陽気でした。
  旗日らしく、ビッグサイトの前のやぐら橋にも日の丸がはためいています。

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(↑)コミティア会場はビッグサイト東4・5・6ホール。
  春コミティアの3ホール使用はもはや恒例ですが、
  今回の参加サークル数は過去最高の5674サークルとのこと。
  いやはやデカくなったものです。
  ちなみにお向かい東2ホールは「ドールズパーティ(通称・ドルパ)」。
  いかにもGWらしい(?)陣容の東ホールです。

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(↑)遅れてきたのはやっぱり迂闊でした・・・(汗)。
  『ティアズマガジン』は少し前に売り切れたとのことで
  この時点ではすでに入場フリーでした。
  ショックで写真がブレてしまっていてすみません。

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(↑)会場内はえらい混雑ぶり・・・おおよそ行く予定のサークルさんは
  スペースc`ェック済みだったので、ティアマガが無くても辿りつけましたが、
  通路を進むだけで一苦労でした。
  この調子だと、来年あたり5月コミティアは抽選になるかも・・・とか
  思ったりするのは杞憂でしょうか(汗)。
  
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(↑)今回もおなじみのサークルさんのブースを巡った後は
  見本誌コーナー、出張編集部(といっても原稿見てもらうわけでなく
  各誌ブース前の見本単行本を立ち読みするのが目当て)と回ります。
  私の最近のコミティアの楽しみ方の一つです。
  (写真は各誌出張編集部の見本単行本の展示コーナーの様子です。)

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(↑)そして今回のコミティア目玉の企画展は・・・ズバリ「百合展」です。
  「百合」とは、女性同士の恋愛・友愛を題材とした・・・なんて
  今さら説明しなくとも、もはやメジャージャンルですよね(笑)。
  でも「百合」というテーマから連想されるイメージ、作られる作品は実にさまざま。
  そんな百合作品を一堂に紹介した企画展はなかなか見ごたえありました。

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(↑)今回は「撮影OK」とのことでしたので、いろいろ撮らせていただきました。
  知っている作品もあれば、初めて知った作品もあります・・・って当然ですが。

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(↑)原稿サイズで見られるのは、下手の横好きながら自分も描いてる身としては
  いろいろ勉強になってうれしいところです。
  女の子たちを取り巻く澄みきった空気までもが描かれている・・・
  そんな原稿の数々を眺めながらため息をついていました。

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(↑)作家さんたちの直筆のカードやスケブもたくさん展示されていました。
  これまで特に百合ジャンルに思い入れはなかった私ですが、
  作家さんたちの描く百合キャラたちを見ていると
  自分も描きたくなってきてしまいます(半ば冗談です(苦笑))。  

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(↑)『やがて君になる』、『あさがおと加瀬さん』
  いずれもアニメ化されるんですね。これは観なくては・・・。


そんなこんなで、サークル参加こそできなかったものの
一般参加で大いに楽しませてもらった今年の5月コミティア・・・
いろいろ創作魂を刺激されたところで、次は夏コミに向けて自分の作品も頑張ろうと思います。


太陽のトマト麺

いきなり何の話だ?・・・と思われるかもしれませんが、
これはコミティア終了後、豊洲にて仲間内で食べたラーメンのお話です。

「トマトのラーメン」と聞いてピンと来る方は相当なラーメン通・・・と言いたいところなんですが、
その名も「太陽のトマト麺」というお店の結構有名なラーメンですので
ご存知の方も多いかもしれません。

実はこのお店のトマトラーメン、
今年1〜3月期にTVアニメ化された『ラーメン大好き小泉さん』にも
登場していたんですよね(アニメ5話、原作4巻(二十八杯目))。
この回は小泉さん大好き・悠ちゃんのストーカーっぷりが、かわいくもキモい話だったんで
登場したラーメン自体の印象はやや薄かったんですが、
今回はその「太陽のトマト麺」豊洲店にてついにそれを実食する機会に恵まれたというわけです。

奇しくも、その「太陽のトマト麺」さんでは
「太陽のトマト麺」×「ラーメン大好き小泉さん」〜オリジナルポストカードが貰える
魅惑のコラボキャンペーン〜を開催中・・・というナイスタイミング。
「炙りチーズの超ボンゴレ」を食べて、豪華賞品を当てよう!! (↓)ということで
迷わずこれを注文しました。

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しかし「トマト」に「チーズ」「ボンゴレ」??
・・・いずれもイタリアンではおなじみながら
ラーメンとはなかなか結び付きそうにないもので、正直味の想像がつきません。
一体どんな味のラーメンなのか? あれこれ考えているうちに実物が出てきましたので
とりあえず食べてみることに・・・。

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(↑)まずは、コラボ特典の小泉さんカード。いや〜これは素直にうれしいです(笑)。

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(↑)そして、噂のトマト麺・「炙りチーズの超ボンゴレ」。
  真っ赤なトマトスープに、軽く炙った焦げ目のある白いトロリとしたチーズ、
  そしてアサリがたくさん載っていて、なかなか見た目は華やかですが・・・
  そもそもこれは本当にラーメンなんでしょうか?

・・・と、恐る恐るスープと麺をすすってみると
うん、確かにラーメンです(笑)。
トマトスパゲッティに近いラーメン、とか言うとざっくりしすぎですが
麺は確かに細麺のラーメンでして、それがトマトのスープ、
そしてトッピングの炙りチーズ、さらにアサリによくなじんでいて、とても美味!?
単に奇をてらった変わり種メニューというわけでもなく
今までなぜポピュラーなラーメンとしてこれが存在していなかったのか?
と思えるほど自然な美味しさなんですよね。
そういえばトマトには旨み成分のグルタミン酸が豊富に含まれていて
トマト出汁は日本料理の出汁にも共通するものがあるとかって話を
どこかで聞いた気もしますが、それはもしかしてこういうことなのか・・・??
と感じさせてくれるものでもありました。
この一杯にはトマト3個分のリコピンが含まれているそうで、
とってもヘルシーなラーメンとして、若い女性にも大変人気なんだそうですが
いや、これは・・・作中で味わいながら幸せそうな顔をしている
小泉さんの気持ちがよくわかる一杯でしたね(笑)。

そういえば、この回の小泉さんはこのトマト麺の麺をすすった後
残ったスープに〆のご飯を入れてリゾット風にして食べたりもしてたっけ・・・
私も今度来た時はやってみたいと思います。


絵師100人展 08

日本を代表するイラストレーター(絵師)100人の
描き下ろし作品を展示するイベントとして
2011年より毎年GWに秋葉原で開催されている「絵師100人展」。
今年のGWも秋葉原にて「絵師100人展 08」が開催されていまして
私も最終日の5月6日に鑑賞しに行ってきました。

「絵師100人展」の展示作品は、
毎回一つの「テーマ」に基づいて製作されたものが集められているのですが
第8回目となる今回のテーマは・・・「雅(みやび)」。
「「宮廷風」を意味する言葉が語源とされ、
華やかさや艶やかさなどの外見的な「美しさ」を表す一方で、
気品や正しさなど内面的な「質」を備えた様子をも表す
日本文化における重要な美意識の一つで
文化や芸術、祭りなど人間の営みや、雄大な風景などの自然のほか、
一見すると胸騒ぎやほの暗さを感じるものを表現する際にも用いられてきた」
・・・という「雅」という概念。
そんな抽象的なテーマを与えられた絵師のみなさんは、はてさて
どんなイメージを思い浮かべてそれぞれの作品を作り上げたのか?
私自身この「絵師100人展」を見るのは昨年に続き2回目なんですが、
会場に入る前のワクワク感もまた楽しいものがあります。

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(↑)「絵師100人展 08」の入口。
  この日が最終日でしたが、思ったほど会場は混雑はしていませんでした。

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(↑)「絵師100人展」入口名物?? 出展絵師さんたちのラクガキ。
  もはやこれも作品と言ってもいい(?)
  ハイレヴェル・ハイクオリティなラクガキです(笑)。

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(↑)「絵師100人展」のマスコットキャラ・・・もとい、守り神の「百(はく)ちゃん」です。
  絵師や参加者の集まった想いが形となり生まれた新米のかみさまなんですね。
  「絵師100人展」の素晴らしさを広めるべく今日も絵師を見守り奮闘中なんだとか。

会場内では、その百ちゃんが展示作品の一部をピックアップして解説をしてくれる
有料の「音声ガイド」のサービスがあります。
百ちゃんの中の人は人気声優の佐倉綾音さん。
いつもなら美術館や博物館の展示物を鑑賞する際には
「音声ガイドなどは不要、展示物だけを観よ」というスタンスをとる私もここだけは別です。
600円とられようが、「声豚」と罵られようが(?)
あやねる演じる百ちゃんの音声解説は外せません(苦笑)。

というわけで、この後はレンタルした音声ガイドの機器を手に会場内へと入りますが、
会場内及び展示作品は当然ながら撮影禁止。
実際の作品をここで取り上げて感想を述べることはできませんが、
単なるイラストと言うよりもはや「芸術作品」「アート」の境地に達している
絵師さんたちの渾身の力作の数々には今回もただただ見とれるばかりでした。


「雅」というテーマに関しては、やはり「和」のイメージが大勢を占めており
和服姿の女性、それに日本の花鳥風月を取り入れたものが多かったのは予想通り(?)
というところだったんですが、細かく見ていくとやはりそのイメージも十人十色というところで
その中に見える作家さんそれぞれのイメージのズレというか違いを探るのも楽しかったです。
また逆に、あえて王道なパターンを避けて斬新な自分なりの「雅」を追及したような
いくつかの作品にも共通する雰囲気や取り入れる要素の類似点が見出せるのも面白いところでしたかね。
「花」とか「月」とかというのはいかにも一般的に思い浮かべる「雅」の要素かもしれませんが
「魚」とか「狐」、「風鈴」とか「楽器」「灯り(灯篭とか提灯とか)」といった
そういったものも割と多く見られたのは、
「雅」という漠然とした概念が含んでいる、一般的な意義とは異なる
どこか非日常的でミステリアスなイメージの表れなのかもしれません。

・・・と、イラスト世界を言葉だけで語るのもいろいろ限界があるんですが
とにもかくにも今回もいい作品をたくさん見ることができて
いろいろ思考に耽る貴重な時間を過ごすことができました。
百ちゃんの音声ガイドも・・・やっぱりかわいくて良かったです(笑)。


神宮球場 ヤクルト vs 広島(5月6日)

「絵師100人展」を鑑賞した後は、そのまま総武線(中央線各停)で信濃町へ・・・
実は6日の夕方からは、ヤクルトファンの友人と一緒に
プロ野球は神宮球場の「ヤクルト vs 広島」戦を観戦する約束があったんですね。
横浜DeNAベイスターズファンの私としては
どちらかを熱烈応援するというスタンスではないものの
昨年のセ・リーグ覇者にして今年もなにげに強い広島カープの独走を阻むべく
この日はとりあえずヤクルトスワローズに頑張ってほしいということで
一緒にスワローズを応援すべく球場へ足を運んだ、というわけです。

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(↑)というわけで、やってきましたGW最終日の神宮球場。
  試合は18時開始ですが、17時前でもすでに多くのファンが詰めかけています。

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(↑)友人が確保してくれた今回の観戦席はライト側外野指定席。
  といっても1塁側内野席に近いエリアで眺望は良好。お値段もお手頃な席でした。

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(↑)真っ赤に染まる3塁側〜レフトスタンド。カープファン多いですね(汗)。
  バックネット裏の2階席もカープファンで埋まっていて、
  ここは本当にヤクルトの本拠地か?と思えるほどです。

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(↑)ビールを片手に野球観戦。GWの〆としてはなかなかいいものですね。
  つば九郎の中の人も・・・お疲れさまです(笑)。

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(↑)そして18時になり試合開始です。ヤクルトの先発投手は石川。
  実はこの日の試合前の時点で、ヤクルトは6連敗中。
  5連敗の後1勝し、その後また6連敗という泥沼状態のヤクルトは
  連敗ストップをベテラン左腕に託します。

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(↑)一方広島の先発投手は九里。
  両先発とも3回まではランナーを許しても無得点に抑える無難な立ち上がり。

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(↑)試合が動いたのは4回。
  4回表、広島は2番・菊池が2ベースヒットで出塁すると、続く3番・バティスタは・・・

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(↑)レフトスタンドへ2ランホームラン! 広島が2点を先制します。

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(↑)そしてその裏のヤクルトの攻撃。今度はヤクルトの4番・バレンティンが
  同じくカープファンで埋まるレフトスタンドへソロホームラン。
  すかさず1点差へと詰め寄りました。

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(↑)その後は両チーム、お互いランナーを出すも得点は奪えず、
  試合は広島1点リードのまま、いよいよ9回裏のヤクルトの攻撃。
  マウンドには広島の守護神・中崎が立ちはだかります。
  
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(↑)西浦、川端はフライに打ち取られ、あっさり2アウト。
  ヤクルト万事休す・・・しかし、ここでバッターボックスに入るは代打・大引。
  カウント1―0からでした。

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(↑)大引の当たりは、カープファンで埋まるレフトスタンドに飛び込むホームラン。
  なんと土壇場でヤクルトは2対2の同点に追いついてしまいました。
  ライトスタンドのヤクルトファンは大歓喜。傘の花がライトスタンドを埋め尽くします。

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(↑)この試合の見どころは実はここからだった・・・
  と言っても過言ではないかもしれません。
  まさかの延長戦に入った10回表、ヤクルトは4番手投手の石山が
  9回に引き続きマウンドに上がりますが・・・

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(↑)1アウトから2番・菊池に2ベースヒットを打たれると、
  4回にホームランを打たれている3番・バティスタには・・・

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(↑)センター前にヒットをはじき返され、菊池がホームイン。
  2対3と広島に再び1点のリードを許してしまいます。
  やはり広島には今日も勝てないのか?? ライトスタンドに再びため息がこぼれますが・・・

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(↑)中崎に代わってマウンドを託された広島の4番手投手・今村もピリッとしません。
  制球が定まらず3番・坂口、4番・バレンティンと中軸を歩かせてしまうと・・・

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(↑)今村に代わってマウンドに立った5番手投手・一岡は2アウトから
  7番・川端にタイムリーヒットを打たれて再び3対3と同点、試合は振り出しに・・・。
  広島もどうしてもあと一歩のところで勝利をつかめません。

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(↑)そして3対3のまま迎えた11回裏のヤクルトの攻撃。
  広島は引き続き一岡にマウンドを託しましたが・・・またも2アウトからでした。
  フォアボールのランナーが1塁にいる状態で打席には3番・坂口。
  その坂口が・・・

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(↑)フルカウントからライト方向へ、サヨナラ2ベースヒット!!
  なんとヤクルトが土壇場からの踏ん張りで劇的な逆転勝利を収めました。

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(↑)いや〜野球は本当に最後までわかりません。
  リードを奪われていて残りアウト1つでも執念の粘りで点をあきらめなかったヤクルト。
  リードを奪ってもあとほんの少しのところで勝利が遠かった広島。
  勝利の女神の気まぐれは時に思わぬ展開をもたらしますね。

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(↑)この日のヒーローは、
  9回同点打の大引、10回同点打の川端、11回逆転サヨナラ打の坂口の3選手。
  ヒーロー多きこの試合は、連敗に次ぐ連敗でストレスがたまっていた
  ヤクルトファンには久々の快挙だったに違いありません。
  ベイスターズファンの私としても見ごたえのある劇的な試合を
  目の当たりに出来て大満足でした。
  

・・・という感じに、
コミティア申込み忘れから思わぬ形となった今年のゴールデンウィークだったんですが、
結局のところ、大いに充実して楽しんでいた自分がおりました(笑)。
いろいろ元気を充填させてもらいましたので、この先またいろいろ頑張りたいと思います。

それとGWとは関係ないですが、久々にサイトのTOP絵を更新しました。
同人サークルらしくないサイトですけど、一応創作漫画サークルのサイトですので(苦笑)。
posted by 松風あおば at 01:28| 日記

2018年05月04日

春の北鎌倉(2)〜明月院〜

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新緑の季節。春の陽気に誘われて、北鎌倉を散策してきた
というお話を前回からしていますが、今回はその続きのお話です。

北鎌倉駅にほど近い、鎌倉五山第二位の禅宗寺院・円覚寺を参拝した後は
次なるスポット、「あじさい寺」として知られる「明月院(めいげついん)」を目指します。
円覚寺を出た頃には朝から降り続いていた小雨も上がり、
雲の合間から薄日が差すようになっていました。


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(↑)円覚寺を出た後しばらくは横須賀線の線路に沿って鎌倉方面に歩きます。
  「横須賀線」といえば、伝統的なラインカラーである
  青とクリーム色(横須賀色(スカ色))の帯をまとったE217系電車が主力ですが
  湘南新宿ラインが乗り入れるようになった今は
  緑とオレンジ色(湘南色)の帯をまとったE231系・E233系が走る風景も
  珍しくなくなりました。

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(↑)線路沿いの道から明月院に続く路地へ入ります。
  緑豊かで閑静な古くからの住宅地の小道は行き交う人や車もほとんどなく
  周囲は静まり返っていて、小鳥のさえずりだけが山に響き渡っています。
  
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(↑)円覚寺からゆっくり歩いて10分ほどで明月院の「総門」までやってきました。
  つい先ほど観てきた円覚寺に比べると、地味でこじんまりとした印象です。


明月院・・・
平安時代末期の平治の乱で戦死した首藤刑部大輔(すどうぎょうぶだゆう)
山ノ内俊道(やまのうちとしみち)の子・山ノ内経俊(やまのうちつねとし)が
父の菩提供養のために永暦元年(1160年)に創建した「明月庵」を起源とする
臨済宗建長寺派の寺院で、山号は「福源山」。
鎌倉時代には、鎌倉幕府5代執権・北条時頼がこの地に「最明寺」を建立し
隠居後自らここで出家生活を送り、
時頼の死後はその子・北条時宗がその最明寺を前身に「禅興寺」を創建。
室町時代の康暦2年(1380年)頃に、
関東管領の上杉憲方(うえすぎのりかた)が「禅興寺」を中興した際に
「明月庵」を「明月院」と改称し、禅興寺の塔頭寺院と定めたものの、
その後時を経た明治初年に禅興寺自体が廃寺となってしまい
今ではその塔頭だった明月院のみが残っている・・・
という、ちょっと複雑な経歴を持つお寺なんですが、
境内はアジサイの名所として知られ、「あじさい寺」とも呼ばれています。


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(↑)総門を入ってすぐ左手にあるのは鎌倉幕府5代執権・北条時頼の墓所。
  鎌倉幕府で執権を務める北条氏の惣領一族(得宗家)の権力基盤を
  確固たるものとしつつも、37歳の若さでこの世を去った時頼は
  晩年出家して最明寺入道としてここで過ごし、今もこの地で静かに眠っています。

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(↑)墓所の隣にある北条時頼を祀る廟所。
  廟所では今も時頼の命日とされる11月22日に供養の法事が行われているとか。

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(↑)総門付近から見た明月院境内。ここも丘陵地の谷戸に造られたお寺ですが
  生い茂る緑が深く、あまり建築物はありません。

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(↑)総門から山門、方丈へと続く明月院の参道。
  その両脇には約2,500株ものヒメアジサイが植えられており
  これが「あじさい寺」と呼ばれる所以です。
  梅雨時(6月)のシーズンにはその淡い青色の花々で境内が染まり、
  その美しさは「明月院ブルー」と称され絶賛されています。

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(↑)花芽がふくらみ色づく前の4月のアジサイ。
  実はこの寺がアジサイで有名になったのはさほど古い話でもないんですね。
  戦後、参道を整備する際に人手や物資が不足していたため、杭の代わりに
  「手入れが比較的楽だから」という理由でたくさんのアジサイを植えたものが
  梅雨時に美しい花を咲かせるようになり、次第に有名になったんだとか。
  今はアジサイのみならず、季節ごとにいろいろな花が咲き乱れる
  「花の寺」としても知られています。

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(↑)「山門」です。円覚寺の山門などと比べるとやはり簡素で素朴な印象ですが
  独特の風情があって、このお寺の雰囲気にとてもよく馴染んでいます。

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(↑)山門のすぐ近くに建つ「方丈(ほうじょう)」。
  前回も触れたように「方丈」はもともとは寺の住持の住居を指す言葉ですが、
  この明月院ではこの方丈が実質的な「本堂」の役割を果たしていて
  お寺のパンフレットの案内図にも「本堂」と書かれています。
  内部には本尊の「聖観音菩薩坐像」が祀られています。

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(↑)方丈内部の右の部屋の奥には「悟りの窓」と呼ばれる丸窓があり
  その窓から見える裏庭の景色は、明月院を象徴する風景として知られています。
  「丸」は禅宗においては煩悩が取り除かれた「悟り」の境地を示すもので
  またここでは「月」の世界も表現されているのだとか。
  「明月院」はやはり「月」と関係があるんですね。
  
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(↑)方丈裏の庭園は通常は非公開で、拝めるのは丸窓から見える部分のみとなりますが、
  その手前の枯山水の庭園も美しく、見ているとなんとも心が落ち着きます。

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(↑)方丈の左手を少し奥に進むと「開山堂」というお堂があります。
  ここは室町時代に上杉憲方が密室守厳(みっしつしゅごん)という禅師を開祖として
  禅興寺を中興した際に建てた「宗猷堂(そうゆうどう)」というお堂を
  後に「開山堂」と改めたもので、内部にはその開祖・密室守厳の木像と、
  最明寺・禅興寺・明月院の歴代住持の位牌が祀られています。

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(↑)その開山堂の裏手の崖にある「明月院やぐら」。
  「やぐら」とは鎌倉時代〜室町時代に多く造られた
  鎌倉特有の崖をくり抜いて作った墓所のこと。
  この明月院やぐらは、もともとは山ノ内経俊が
  平治の乱で戦死した父・山ノ内俊道の菩提を弔うために造ったもの
  と伝えられており、鎌倉に残るやぐらの中でも最大級のものなんだとか。

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(↑)やぐら内の中央にある宝篋印塔(ほうきょういんとう)は、
  この寺の中興の祖である上杉憲方の墓。
  生前に自ら建てた墓塔と言われています。
  壁面には釈迦如来、多宝如来、十六羅漢の浮き彫りもありますが、
  凝灰岩質であるために風化が著しく、その彫成年代などついては不明とのこと。
  中には入れませんが、覗くと薄暗くちょっと不気味な雰囲気でもありますね。
  
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(↑)さて、境内の見学できるスポットは一通り見たので、このあたりで引き返し・・・
  と思ったら、山門の近くにもう一つ見るべきスポットがありました。
  「ウサギ共和国」(!?)・・・うさぎ小屋です。

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(↑)明月院はやはり「月」をテーマとして意識したお寺のようで、
  月と言えば「うさぎ」というイメージから、うさぎも飼育しているようですね。
  そういえば総門の受付でもらったお寺のパンフの表紙も
  「方丈の丸窓の前でうさぎがはねている」写真でした。

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(↑)小屋の中には2羽のうさぎがいました。名前はモモ(左)とネロ(右)。
  もふもふしててかわいいです。動物はやはり心を癒してくれるものがありますね。
  眺めていると、心ぴょんぴょん♪
  ひと目で、尋常でないもふもふだと見抜いたよ(←あやねるの声で)。

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(↑)うさぎ小屋の周辺も春の花が咲き乱れています。
  春風がそよ吹くそんな静かな佇まいの中に身を置いていると、
  なんとも心地よくて時が経つのを忘れてしまいそうでした。

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(↑)「沙羅双樹(しゃらそうじゅ)の花の色、
  盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理(ことわり)をあらはす・・・」
  梅雨時には、この沙羅双樹も可憐な白い小さな花をつけます。
  アジサイが見頃の梅雨時は参拝客でごった返すそうですが、
  やはり梅雨時にも一度来てみたいですね。

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(↑)総門への帰り道はアジサイの参道から少しそれて、竹林の中も歩いてみました。
  凛とした禅寺の境内にはまっすぐに伸びた美しい竹が似合います。
  今の季節はところどころタケノコも出ていました。

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(↑)「竹を傷つけないで下さい。あなたの心にも大きな傷が残ります。」
  さすがは精神世界を重んじるお寺の注意書き(汗)・・・肝に銘じておきます。


鎌倉五山の円覚寺・(この後に行く)建長寺などに比べれば
規模的に小さくこじんまりとしてあまり目立たないお寺ながら、
アジサイや四季の花々に彩られ、歴史と自然との調和を感じられるスポットとして
注目度の高い明月院。
実際に境内を歩いてみると、なんとも言葉では表せない不思議な魅力に気付かされます。
中世の権力者たちがこの地を供養の地、隠居の地、墓所の地として選び
ここに寺院を興した理由もよくわかる・・・というと、ちょっと大袈裟かもしれませんが
今も訪れる人の心を癒し、不思議な元気を与えてくれるパワースポットになっている
というのは間違いないような気がしました。


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さて、明月院を出た後は
鎌倉五山第一位にして鎌倉随一の名刹・建長寺、そして鶴岡八幡宮を目指しますが、
その話はまた次回にしたいと思います。
posted by 松風あおば at 15:50| 日記