2020年01月18日

雪不足

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「18日(土)は都心や関東南部の平野部でも雪になる可能性」「交通機関への影響に注意」
といった天気予報のニュースが昨日から流れていましたが、
私の住む横浜北部は午前中から昼過ぎにかけてみぞれっぽい雪が少し舞っていたものの
積もるような雪にはなりませんでした。

センター試験の日は首都圏で雪が降りやすい、という話は昔からよく聞かれますけど
今年で現行制度では最後を迎えるセンター試験・・・
受験生のみなさんにとっては天候に大きく阻まれることなく試験に臨めて
なによりだったかと思います。



一方で、今年は「雪不足」という言葉をよく耳にします。

スキー場のゲレンデに雪がほとんど無くてオープンできない・・・といった話は
温暖化の影響からか、近年はどこかしらで聞く話ではあるんですが、
今年は北国のいわゆる「豪雪地帯」と言われるような地方でも
雪がほとんど降っておらず、明らかに異常な状況なんですね。
実際気象データから見ても、今年の冬は冬型の気圧配置が弱く気温が高めの
いわゆる暖冬で、全国的に降雪量が記録的に少ないそうで
西日本、東日本、北日本すべての日本海側の降雪量が
1961年(昭和36年)以降で最も少なくなっているんだとか。
札幌の雪まつりで使う雪が確保できないとか
秋田の横手でかまくらが作れないとか、
蔵王の「樹氷めぐりツアー」も雪上車が走れず中止を余儀なくされているとか、
各地の観光業へのダメージは計り知れず、
また例年ならば、雪の多い地方で自治体から道路の除雪作業などを
請け負っている業者も今年は仕事がほとんど無くて頭を悩ませている
といったニュースもあり、この深刻な雪不足の影響は
この先も思わぬ方向にいろいろ波及していくのかもしれません。

過去の歴史において豪雪に幾度と苦しめられてきた雪国にとっては
これまでは冬の間の大雪とどう向き合うか?というのが大きなテーマだったはずですが、
逆に「雪が降らない」ことへの対処に苦しめられている今年の冬は、
温暖化が進行し降雪量が少なくなるであろう今後の雪との関わり方
という新たなテーマを突き付けられているようにも見えてきます。
ドカ雪はなくても冬のレジャーやイベントを楽しめる程度のほどほどの大雪は
やはり降ってほしい、というのが多くの人たちの願いだとは思いますが
今年の冬の後半、そして来年の冬、再来年の冬の雪の降り方はどうなっていくのか?
この先は祈るような気持ちで見守っていきたいところです。

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(↑)2018年1月22日の雪景色

私が住む神奈川ではもともと雪はほとんど降らないので、
今さら降らなくて困ることはもちろん無いんですが、
毎年雪が降るとその非日常な雰囲気になんとも気持ちがワクワクする(?)私としては、
年に一、二度程度は自分の家の周辺が一面の銀世界になる様子を見たいですので
暖冬の今年もどこかで積もるような雪が降ってくれたらな〜・・・と
今もやはり思っているところだったりします。

雪が積もったら、またこの日記にも写真をアップしたいと思います(笑)。
posted by 松風あおば at 22:50 | 日記

2020年01月16日

お絵描き(マギアレコード)

2020年の冬アニメ、続々と始まってますね。

ここにきて、やっと録りだめてたいくつかの作品の第1話〜2話あたりを観ているところなんですが、
『マギレコ』(マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝)を観て、
ゲームやってなくても面白そうなことにホッとしたところで、お絵描きでもしておきます(↓)。

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今期アニメ、他には
『恋する小惑星』、『地縛少年花子くん』、『へやキャン△』あたりが、結構期待通りでした。

『群れなせ!シートン学園』、『ネコぱら』あたりも・・・まぁ楽しいかも。


・・・というか、TVアニメ多すぎで、最近はチェックしきれません(汗)。
新作だけでも多いのに、
『エヴァ』だの『氷菓』だの『リゼロ』だの再放送モノもいろいろあって、
ついそっち観ちゃったりして・・・。

とりあえず、直観的に面白そうと思うものからチェックします(苦笑)。
posted by 松風あおば at 00:40 | 日記

2020年01月14日

新年会

秋葉原で新年会を楽しんできました。

毎年、成人の日あたりで催しているこの宴会。
例年は和風・海鮮居酒屋にて日本酒で一杯・・・的なのが多かったんですが、
今年は趣向を変えて、先日も話題にしていた欧風系・お肉系居酒屋を選んでみました。

秋葉原は昭和通りを渡って浅草橋方面にちょっと入ったところにある
お肉料理とワインが自慢のお店。
お店の名前に「肉バル」みたいな呼称は付いてませんでしたが
おおよそそんな感じのお店でしたね。

秋葉原も、昭和通り側は中央通り側に比べると人が少なくもともと静かなんですが
この時はお店も空いていて、最初のうちはほぼ貸し切り状態みたいな感じで
とても快適でした。

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(↑)まずはジンビームとポテトフライで乾杯。

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(↑)お店自慢のお肉の盛り合わせはなかなか圧巻でした。

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(↑)ワインも赤白各種いろいろありました。
  大勢で飲むならボトルで頼むのがお得ですが、この日はグラスワインをいろいろ頼みました。
  このお店のグラスワインは「こぼれワイン」と称して、日本酒の升酒のようになみなみと注がれます。

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(↑)その他お料理もいろいろいただきました。
  流行りのチーズタッカルビなるものも初めて食べましたがなかなか美味でしたね。

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(↑)さらにお肉料理に舌鼓・・・ってこの辺から酔い始めてたのか(?)
  写真もピンボケが多くなってきました(苦笑)。

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(↑)デザートもかなり個性的で、最後の〆に美味しくいただいた・・・はずだったんですが、
  すでに酔っていたらしく、正直あまり味は覚えていません(汗)。


・・・と、いろいろ美味しく楽しんで、大満足でお店を出たんですが、
ほろ酔い(?)の火照った顔に冬の夜風が気持ちよかったですね。

冬コミを終え、新年を迎え、
英気を養ったところで、今年もいろいろ頑張りたいと思います。


そういえば、インスタグラム社の社長がかつて
「なぜ日本人のインスタは猫と料理ばかりなのか?」
と不思議がっていたそうですけど、
私もインスタじゃありませんが、こんなブログ日記をやってるせいか
やっぱり料理と猫はつい撮っちゃったりしますね(笑)。

ということで、
ここは日本人らしく(?)、ついでに猫の写真もアップしておきます(↓)。

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うちの飼い猫のチビタも今月で19歳を迎えました。
posted by 松風あおば at 22:33 | 日記

2020年01月12日

バル、ビストロ、トラットリア・・・??

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新年会のシーズンですが、
みなさんも、友人同士の楽しい飲み会から仕事絡みの宴会や付き合いに至るまで
飲食店や居酒屋に入って一杯やる、なんてことがあるかと思います。

私も、コミケなどのイベントの後の打ち上げ宴会はもちろん
各方面の人との交流でどこかのお店で食事したり一杯やることはもちろんあるんですが
今やPCやスマホ一つで、「ぐる●び」とか「食べ●グ」といった飲食店情報サイト・アプリを利用して
即座にお店選びから予約まで出来るので、本当に便利な時代になりました。


一方で、そんな食事会や飲み会の場となるお店を探していて
最近ちょっと気になること、ふと疑問に思うこともあったりします。

それは・・・イタリアンを始め、洋風の飲食店・居酒屋に多いんですが、
お店の名前というか、その名前についている定冠詞的呼称(?)と言いますか、
ちょっと気になる言葉がいくつかあるんですよね。

「バル」、「ビストロ」、「トラットリア」・・・??
おそらくあっちの言葉で何かを意味する言葉なんだろう、と思いつつも、
結局はいつもスルーしてばかりいるこれらの呼称。
日本でも、「料亭」、「割烹」、「食堂」、「小料理屋」といったような
その提供される料理やお酒、価格帯、お店の雰囲気など違いによって飲食店の呼称は変わってきますが、
ヨーロッパでもやはりお店の格やコンセプトの違いによってその呼称が変わってくるんですね。

ということで、
日本でも見かける欧風レストランや居酒屋などの呼称(↓)の意味をいくつか調べてみましたので、
ここに列挙してみることにします。


<イタリア語>

・ トラットリア・・・ 大衆向け、家庭的な小レストラン。リーズナブルな価格で気楽に入れる飲食店。          
         
・ オステリア・・・ ワインなどの酒とともに料理を提供するような小レストラン・居酒屋。
           パスタやグリルした肉や魚のような地方の名物料理を出すようなお店が多いんだとか。

・ タベルナ・・・ 大衆食堂のこと。トラットリアとの違いがかなり曖昧・・・というか、
          言葉尻だけでは全くわかりませんが(苦笑)、
          一般にトラットリアより格下と言われているそうなので、「場末の食堂」という感じでしょうか。
          日本では、お店の呼称としてはあまり見ませんが
          「食堂なのにタベルナ(食べるな)とはこれ如何に?」と昔から笑いネタに使われています。
          
・ リストランテ・・・ 高級レストラン。一流のシェフがいて、予算高めのコース料理が設定され、
            高級ワインなども揃えた、かなり格式高いレストランを指します。
            ドレスコードがあるお店も多く、ラフな服装での飲食は出来ないことも。

<スペイン語>

・ バル・・・ 喫茶店と食堂、居酒屋が一体となったようなお店。
       バー(bar)と同じ語源らしいですが、日本ではお酒中心の「バー」とは区別して
       料理メインの洋風居酒屋を指していることが多く、
       メイン料理の特徴により、「肉バル」「魚介バル」などの呼称もよく見られます。
       イタリアにもバール(bar)と呼ばれるお店があるようですが
       こちらは軽食喫茶店(基本的にカウンターで立ち飲みするスタイルの喫茶店)を
       を指すそうです。

<フランス語>

・ ビストロ・・・ 気軽に利用できる小レストラン・居酒屋。
         トラットリア、オステリアとかとほぼ同じ意味のようですが、こちらはフランス語ということで
         ビストロと言った場合はフレンチレストラン・居酒屋と考えてよさそうです。


とまぁ、
それぞれ世間一般的に説明される用語的な意味を書き出してみましたが、
本場でもその言葉の使い分けに曖昧な部分が多いためでしょうか・・・
「トラットリア」と名乗っているお店が結構な高級店だったりすることもあったりで、
日本のお店の看板に掲げられているものも、かなりざっくり使われているというか、
厳密に使い分けている様子は全くなく、
利用する側もそのへんの意味をあまり深く考える必要はなさそうですね。  

要は「酒と料理が旨ければ、店の呼び方とかどうでもいい」
・・・ということなのかもしれませんが(?)、
ひとまずこれらのおおよその意味が分かったところで、明日は新年会に行ってまいります(笑)。

   
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(↑)そういえば・・・
  『食戟のソーマ』に出てきた創真のライバルのタクミ・アルディーニ。
  イタリア人と日本人のハーフである彼は、イタリアのフィレンツェにある
  「トラットリア・アルディーニ」の跡取り息子とか言ってましたっけ・・・。
  登場シーンで「トラットリア」は「イタリア語でいわゆる「大衆料理店」を指す言葉」と
  ちゃんと説明してくれてました(汗)。  
posted by 松風あおば at 23:22 | 日記

2020年01月08日

ベテルギウス

冬の星座 オリオン座.JPG
  木枯らしとだえてさゆる空より
  地上に降りしく奇(くす)しき光よ
  ものみないこえるしじまの中に
  きらめき揺れつつ星座はめぐる



冬は夜空に輝く星が最も美しい季節。
そんな冬の星座を代表するのが「オリオン座」。
夜道を歩いていて凍てつく空気の中でふと見上げた夜空に
オリオン座の三ツ星が並んでいるのを見て
冬の訪れを実感したことのある人は多いんじゃないでしょうか。

ギリシャ神話に登場する狩人・オリオンを連想した星座である「オリオン座」は
明るい星が多く、中央に3つ並ぶ三つ星のほか
オリオンの右肩に赤く輝く「ベテルギウス」、オリオンの左の腰に白く輝く「リゲル」
という2つのひときわ明るい一等星を持っていて、
特にベテルギウスは、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオンとともに
「冬の大三角」を形成していることでも知られています。

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しかし、つい先日、
このオリオン座を巡って、ちょっと気になるニュースがあったんですね。
というのは、このオリオン座を代表する一等星・ベテルギウスについてなんですが
なんでもここ最近
「ベテルギウスが過去最低レベルに暗くなってきている」
らしいんです。

ベテルギウスは、
地球からおよそ640光年離れたところにある「赤色超巨星」と呼ばれる恒星で
太陽の約20倍の質量、900倍の半径を持つという、とてつもなく巨大な星なんですが
誕生から1000万年という、星としては比較的若い年齢なのにも関わらず、
その赤い色からしてすでに星の一生の終わりに差しかかっているといわれ
間もなく「超新星爆発」を起こすと予想されています。
今現在、地球の夜空に見えているベテルギウスが640年前の姿であることを考えると、
もしかしてベテルギウスはすでに爆発しているのでは?・・・ということも考えられなくもないのですが
そもそも宇宙の星レベルの話で「間もなく」というのは数万年単位の話なので
たかだか数十年しか生きられない人間の尺度ではそのあたりは知る由もありません。

ただ、星にも寿命がありいつかは最期を迎えます。
大質量の恒星は寿命が尽きる前に一度輝きを失い、その後大爆発を起こすと言われており、
これを「超新星爆発」と呼んでいるんですね。
実際ベテルギウスが急速に明るさを失いつつあるのは数年前からすでに指摘されており
これが「超新星爆発の前兆か?」とささやかれているのも事実でして
もしかすると(?)わずかな可能性ながら
私たちが生きているうちに、私たちがいつも見上げているこの地球の夜空に
巨星・ベテルギウスの最期を見届けることがあるかもしれません。

ベテルギウスは、もともと膨張と収縮を繰り返すことにより形状や明るさが変化する
「脈動変光星」なので、ここ数年暗くなっていることが直ちに超新星爆発の前兆とは言えない、とか
そもそもその前兆であったとしても、10万年以内にそれが起こるか起こらないかの話・・・といった
あまりにも現実的な(?)天文学者の指摘ももっともなんですけど、
もしかしたらある時、ふとそれを目の当たりにするかもしれない・・・というのを心の片隅に置いて
夜空のベテルギウスを眺めるのも、ある意味夢があっていいかもしれませんね。


ちなみに、「超新星爆発」は
一つの銀河の中で40年〜50年に一度の割合で発生していると言われており
その現象の存在は古くから指摘されていましたが、
現在では高精度の天体望遠鏡により、遠い宇宙の銀河のものも観測されるようになっています。

また人類の歴史上、
地上から肉眼で超新星の爆発が見られたケースというのも実際にいくつかあったんですね。
鎌倉時代の公家であり、歌人としても知られる藤原定家が記した『明月記』には
陰陽師・安倍泰俊からの過去の天体記録報告として「客星」の記述があり、
このうちの3つは「超新星爆発」の記録であると言われています。
中でも
 「天喜二年四月中旬以後の丑の時、客星觜・参の度に出づ。東方に見(あら)わる。
 天関星に孛(はい)す。大きさ歳星の如し。」
    (天喜2年(1054年)4月中旬以降の夜中に、客星(超新星)が
    觜(オリオン座)・参(三ツ星)の上の東方に現れるようになった。
    天関星(おうし座のゼータ星)のそばで輝き、その大きさは
    歳星(木星)と同じくらいだった。 )
とあるのは、
おうし座の「かに星雲」を生んだ超新星爆発(SN 1054)についての記述と言われており、
同時期のことを記した中国の歴史書(『宋史』)やアラブの占星術師が残した文書などにも
同様の記録があることも知られています。
posted by 松風あおば at 00:47 | 日記

2020年01月06日

大戸屋

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(↑)大戸屋「もろみチキンの炭火焼き定食」

昨日久しぶりに、定食チェーン店の「大戸屋」で食事をとりました。

先月、ネットの配信ニュースで
「大戸屋の客離れが顕著で、経営不振に陥っている」という記事を見て、
本当にそうなのか? と
ちょっとばかり関心が沸いていたところだったんですが、
やっぱり実際にお店に入ってこの目で確かめてみようと
実は昨日の外出先での食事は最初から大戸屋さんに決めてたんです。
経営不振を伝えるニュースも実は客寄せの宣伝になっている
とかいうとちょっと皮肉めいていますけど
私みたいな人は他にも結構いるんじゃないかと思います。


で、実際に入ってみてどうだったのか?というと・・・

味は悪くないんですが(というか、美味しくいただいたんですが)、
やはり食事時に差し掛かっているというのに
店内で食事をしている人はまばらで空席の方が目立っていました。
大通りを挟んで少し離れたところにある「やよい軒」の方はこの時間結構混んでいて
あまりに対照的というか、その差がかなり目立っていたので
大戸屋の「客離れ」はやはり本当なのかな?・・・と感じた次第です。

アルバイト店員の悪ふざけ動画が問題となったり
TV番組の「ガイヤの夜明け」に同社が紹介された際に
社長の態度が酷かったとか、ブラックな社風が露呈したとかで
ネット上で炎上したり、
確かに昨年はあまりいい話を聞かなかったというか、
イメージダウンに繋がる話も多かった大戸屋さん。
やはりそれらが業績不振の最大の理由なのか?・・・と言うと
それもちょっと違う気がするんですよね。

大手チェーン店ながら、
素材や調理法にいろいろこだわりを持つ大戸屋さん。
お店のHPにそのへんの取り組みがいろいろ説明されていて
実際利用してみても確かにそれを感じることはあるんですが、
そのためなのか、
一方で、他の定食屋に比べると
・価格が高め(1,000円〜1,500円くらいの価格帯のものが多い)、
・注文してから食事が提供されるまでの時間が長い(10分〜15分程度待たされることが多い)
といったことにも気づかされます。
一般に「安い、早い、旨い」が求められる定食屋というスタンスにおいては
これらの「こだわり」が逆に足かせになっているというか
自らを中途半端な立ち位置に追いやっているような印象も否めないんですよね。

ですので、
今後もそのあたりの「こだわり」を店のポリシーとして貫くんであれば
いっそのこと、大戸屋さんは「定食屋」さんの看板は外し
「庶民派(家庭的)和風レストラン」的な方向に転換した方がいいのでは?
と思わざるをえなかった
・・・というのが、今日の私の勝手な感想でした(苦笑)。
posted by 松風あおば at 00:10 | 日記

2020年01月04日

青海展示棟(企業ブース)〜ビッグサイト

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オリンピック関連工事のため、
東京ビッグサイトの東ホールを会場として使えなかった昨年のコミケ。
その東ホールの事実上の代替施設として、
少し離れた青海地区に「青海展示棟」なる仮設会場が設けられているのは
ここでも何度か話題にしていますが、
昨年の夏・冬のコミケでは、この青海展示棟を「企業ブース」として使っていたのは
ここをご覧の多くのみなさんはご存知かと思います。

私・松風は、夏コミは自分のサークル参加日のみの参加だったため
ここに訪れることはなかったのですが、
今回の冬コミでは、最終日4日目(12月31日)の一般参加に合わせて
ここにも訪れることができまして、
サークル参加の翌日でヘトヘトながらもいろいろ楽しんできました。

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(↑)りんかい線・東京テレポート駅を降りてすぐの場所にある青海展示棟。
  昨年夏のコミティアで来て以来ですが、今回そこにあるのはコミケの企業ブース。
  雰囲気は会場に入る前から大分違います。

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(↑)人は多いですが、ブースの配置に余裕があり、また最終日のためか
  それほどの混雑はありません。会場内はスムーズに移動できました。

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(↑)アニメやゲームの制作会社、出版社、その他各種企業が
  自社作品のPRやグッズ販売などの場として活用する企業ブース。
  当初は「アマチュアイベントであるコミケの理念に反するのでは?」
  との議論もあったこのブースですが、登場からすでに20年以上を経て
  今ではすっかりコミケの風物詩となっています。

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(↑)私も今回はいろいろなブースを見て回り、買い物も楽しみました。
  何を買ったとかは特に言いませんが・・・撮ってる写真で趣味がバレそうですね(汗)。

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(↑)お目当ての一つだった「うどんや」さんはすでに完売・・・(汗)。
  でも「ごちうさうどん」は前々日ここに参加していた水瀬が買っておいてくれたので
  これについては後日またここで取り上げたいと思います。

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(↑)フードコーナーもそこそこ充実している青海の企業ブース。
  ビッグサイト本体から離れていることを除けば、
  使い勝手は結構いい会場なんじゃないでしょうか。


さて、企業ブースを楽しんだ後は、西ホールへと移動したんですが、
青海展示棟から普通のサークルブースのある西ホール、南ホールまでは1.5qほど離れています。
公式では、ゆりかもめやりんかい線で1駅分乗るか
無料シャトルバスを利用して移動することが案内されていましたが、
「徒歩で移動」というのももちろんアリで、私自身今回はここを歩いて移動してみました。

そんな「両会場間の徒歩移動」の推奨も兼ねて(?)
その時の移動の様子も振り返ってみたいと思います。

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(↑)青海展示棟からビッグサイトまでの道のりはとてもシンプル。
   まずは臨海地区の東西を結ぶセンタープロムナードを直進し
   国際展示場駅からビッグサイトまで伸びるイーストプロムナードとの合流地点を目指します。

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(↑)ということで、青海展示棟を出発。右手にパレットタウンの観覧車を仰ぎ見ます。
   
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(↑)しばらくすると「夢の大橋」と呼ばれる大きな橋に出ます。
  幅が結構あるので、ぼーっと歩いていると橋の上に来ていることにも気づかなそうです。

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(↑)橋の右手向こうは、倉庫群をバックに「ゆりかもめ」が走り・・・

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(↑)橋の左手向こうは、首都高速道路の高架と臨海部のビル群が広がっています。

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(↑)有明清掃工場、有明スポーツセンター、東京都水の科学館、武蔵野大学・・・と
   この一帯はいろいろな施設がひしめき合っていますね。

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(↑)夢の大橋を渡りきる頃にはビッグサイトの会議棟も間近に見えるようになります。

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(↑)ビッグサイトからも近いTFT(東京ファッションタウン)ビルの手前まで来ると
  右手下の駐車場に大勢の人だかり・行列が見えてきました。
  今回のコミケの当日リストバンド販売所とコスプレ広場です。
  今回はリストバンドを事前購入していないと一般入場するだけで大変でしたね(汗)。

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(↑)前方に、国際展示場駅からビッグサイトへと続くおなじみのイーストプロムナード、
  国際展示場駅近くのパナソニックセンターが見えてきました。
  ビッグサイトまであとわずかです。

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(↑)イーストプロムナードに入れば、目の前にはおなじみビッグサイトの会議棟。
  あとは通い慣れたいつもの道です。
  ここまでの所要時間は(写真撮りながらでも)15分くらいだったでしょうか。


そんなこんなで、
青海展示場からビッグサイト(西・南ホール)まで歩いて移動した私でしたが
思っていたよりも近く感じたというか、それほど大した道のりでもありませんでした。
途中の道がとても広々していて気持ちよく歩けるというのもありまして
(ぶっちゃけホール内に入って人ごみの混雑の中を歩く方がよほどきついというか
思うように進めず疲れましたから)
下手に電車やバスに乗るよりも、待ち時間や階段の上り下りがない分
歩いてしまった方が手っ取り早いんじゃないかと思えたほどです。


ということで、
コミケ期間中の青海展示棟〜ビッグサイト(西・南ホール)の行き来は
徒歩がお奨め・・・という結論なんですが、
よく考えたら、コミケが青海展示棟を使うのも次の5月コミケで
たぶん最後なんですよね。

コミケでのこの「青海〜ビッグサイトウォーキング」もやがては
いい思い出話になりそうです。
posted by 松風あおば at 22:48 | 日記

2020年01月03日

イルミネーション

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なんでカップルはイルミネーションを見に行くの?

・・・というのが
今日(1月3日)のNHKの『チコちゃんに叱られる!』のテーマの一つでした。

なるほど、冬になり街にイルミネーションが美しく輝くようになると
まるで電灯に蛾が集まるかのようにカップルが集まってきますよね。

・・・で、その答えは? と言うと

お互いのことがどんどん好きになってしまうから、ただし勘違い〜!

とのこと。


一体どういうことか? というと・・・

人間の目、眼球の真ん中にある黒い部分を「瞳孔」と言いますが、
光を取り込む入り口である瞳孔は、目の中に入る光の量を調節するために大きさが変化します。
明るい所では光の量を減らすために小さくなり、
暗い所では少しでも多くの光を集めようとして大きくなるんですが
イルミネーションを見に行く時って大体夜で暗い時が多い。
そうすると光をたくさん取り入れようとして、瞳孔は自然に大きくなりますよね。
一方瞳孔は、周囲が暗い時だけじゃなくて、好きなものを見つめてる時も大きくなるんだそうです。
これは脳内で分泌される「アドレナリン」によるもので、好きなものを見つめ興奮状態にあると
好きなものの情報をもっとたくさん取り入れようとして、瞳孔が大きくなるんですね。
それゆえ人間は、隣にいる人の大きな瞳孔を見た時に、脳が反射的に
「あぁこの人は自分のことが好きなんだな」って勘違いをしてしまう。
実際は暗いから瞳孔が大きくなっているだけなんですけど、
それを相手の自分への好意と勘違いすることで
自分も興奮してきてアドレナリンがどんどん出てきて心拍数が上がる、
つまりドキドキしてくる。

さらに美しい景色を見て感動することで、
幸せホルモンと言われてる「セロトニン」なるものもたくさん出てきて
とっても幸せな気持ちになるんだそうで、
この時隣にいる人に対しても「この人といると心がホッコリして幸せ」
という気持ちが生まれてくるんだとか。
ぶっちゃけこれも勘違いなんですけど、お互いがそういう勘違い状態になっていることで
二人の距離が縮まり恋が発展しやすくなるんだそうです。

アドレナリンとセロトニンによる勘違いで距離が縮まった二人が
手を繋いだり体を寄せあったりすることで、
さらに脳内には「オキシトシン」なるものが分泌され、
愛情がより一層深まるとも言われているそうで・・・
要はイルミネーションを眺めているカップルの頭の中って
実は凄いことになっていたんですね(笑)。

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しかし、私などは
(ヒガミでも何でもなく(苦笑))綺麗なものはどちらかというと一人で見たい人間なので、
イルミネーションも、桜も、美しい風景も一人で眺めて勝手に感動してたりするんで、
そのへんのメカニズム(?)は瞳孔の話とはあんまり関係なさそうです。
特に冬コミ帰りに見るイルミネーションが美しくて感動するのは
冬コミを終えた充実感とのコラボが大きそうな気がしますね(笑)。
posted by 松風あおば at 22:52 | 日記

2020年01月02日

穏やかな正月(?)

穏やかな新年を迎えています
・・・が、冬コミ4日間中3日参加(サークル参加1日+一般参加2日)は正直疲れましたね(汗)。

昨日と今日はほとんどぶっ倒れていましたけど、
今日はTVの画面越しに、箱根駅伝でのわが母校の快挙を見届けていました。
校友会の広報誌で毎年「OB(特に神奈川在住者)は沿道に応援に来いよ〜」と言われつつも
冬コミ後はもちろんそんな元気は残ってないので、毎年TVで応援させてもらってます。

そんなこんなで、2日間休んでやっと体力も回復。
遅まきながら年賀状を書こう・・・というのも、いつものことながら
今回はもう一つ急がないといけないことが・・・(↓)

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次のコミケ・・・夏コミならぬ5月GWコミケなので申込〆切が早いこと早いこと
(しかも今回は郵送よりオンライン申込の方が早い)。
いつもの夏コミ申込の調子でまだまだ先と思い込んでるとスルーしてしまいそうです(汗)。
コミケ参加のサークルさんは要注意ですね。
posted by 松風あおば at 22:03 | 日記

2020年01月01日

2020年(令和2年)あけましておめでとうございます。

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 年の始めの例(ためし)とて
 終りなき世のめでたさを
 松竹立てて門(かど)ごとに
 祝(いお)う今日こそ楽しけれ 



私・松風自身は、つい先ほど
冬コミ(コミックマーケット97)後の打ち上げ宴会から
除夜の鐘が鳴り響く中、帰宅したばかりなんですが
家に着いたときにはすでに年が変わっておりました。

新年あけましておめでとうございます。

本年もサークル「虹の卵」及び
当「虹の卵のホームページ」をよろしくお願い致します。
posted by 松風あおば at 00:30 | 日記

2019年12月30日

C97・3日目 「虹の卵」スペースにお越しいただいたみなさまありがとうございました。

ゆるキャン△ にじたま通信.jpg
(↑)今回の「にじたま通信74」の挿絵、カラー版です。

コミックマーケット97 3日目無事終了しましたね。
当サークル「虹の卵」スペースにお越しいただいたみなさま、ありがとうございました。

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(↑)3日目は朝から曇天。日中は雨もぱらつきましたが、会場は相変わらずの凄い人です。
  
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(↑)会場までの道のりもいろいろ複雑です。
   「一般参加か、サークル参加か、コスプレ参加か」
   「西ホールか、南ホールか、企業ブースか」
   「リストバンドを持っているか、持っていないか」
   等々で進む道が分かれます。
   誘導するスタッフのみなさんも相変わらず大変そうでした。

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(↑)今回当サークルは「南ホール」配置。新しいホールはやはり快適でしたね。

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(↑)おなじみのコミケドリンクです。今回はレモン風味の紅茶。
  夏コミ(C96)に引き続き、キャラクターは珈琲貴族氏描き下ろしのメイドさん。
  キャッチコピーは木緒なち氏デザイン「ほっと一息聖地の休憩」・・・でした。


4日間開催なので明日もまだありますが、明日参加されるみなさんも大いに楽しんできてください。
posted by 松風あおば at 23:59 | 日記

2019年11月28日

コミックマーケット97参加のお知らせ

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早いもので11月も終わりに差し掛かってますね。
令和元年(2019年)も残すところあと1か月となりましたが、
みなさんはお元気でお過ごしでしょうか?

私の方は、この秋は予想外に(?)公私ともかなり多忙な日々だったため
情緒的にあまり秋という季節を堪能しないままに
いきなり冬に突入しつつあるという感じになっているんですが
この日記も放置しっぱなしでまたも長らくごぶさたしてしまいました。


冬のコミックマーケット(コミックマーケット97)の当落結果もとっくに出ていたんですが
これまで全くお知らせしておらず大変申し訳ありません(汗)。
当サークル(虹の卵)は今回も無事抽選に通りまして、スペースを確保することができました。
今度の冬コミ(コミックマーケット97 12月28〜31日・東京ビッグサイト)の
「虹の卵」のスペースは

 12月30日(月) 南3ホール  モ−32b

とのことです。

C97 サークルカット.png

前回の夏コミに続き今回の冬コミも4日間開催のうちの3日目となりましたが、
今回は待望の(?)出来立てほやほや南ホール配置です。
オリンピックの影響で東ホールが使えない中での年末の4日間開催となるため
準備会スタッフの方々にはまた並々ならぬ苦労を強いることになりそうですが、
今回も大きなトラブルなど無く楽しいコミケで一年が締めくくれるよう
一参加サークルとしてもいろいろ頑張りたいところですね。

今回の新刊は、鉄オタ女子高生のお話『てつもえ』の続き、
てつもえQ』となります。
今年から表紙・本文ともデジタル作成に移行し、アナログ画材の多くが机から消え、
私自身の漫画の制作環境もすっかり変わってしまった感があるんですが、
当然ながらストーリーや作風の方はアナログ時代のまま引き継がれていますので
いつもお読みいただいているみなさまには今回も楽しみにしていただけると幸いです。
また、これまでの過去作品の一部も現在デジタルで制作し直していたりもしまして
今後それらのリニューアル作も順次出していく予定ですので
まだうちの作品をお読みになったことが無い方も
これを機にぜひお手に取っていただけたらと思います。

まだまだ先と思っていたオリンピックの2020年も間もなく突入というところですが、
うちのサークル活動も、この先も年を経るごとに(できれば参加イベントごとに)進歩が見られるよう、
より一層充実させていきたいと思っているところですので
今後とも当サークル「虹の卵」をよろしくお願いします。



さて、久々の日記更新ということで、
ここ最近の話題でも取り上げたいところなんですが、
最近のニュースで私が一番衝撃を受けたのは、やはり今月初めの「首里城の焼失」でしたでしょうか。
私自身10年ほど前に沖縄を旅した際に見学して感銘を受けたスポットだったこともあって
この火災のニュースは大変ショックでした。

近年の再建とはいえ、琉球王朝の時代から苦難の歴史を乗り越え受け継がれた
沖縄の文化の粋を集めて復元した美しい城郭建築は
今の沖縄県民のみなさんにとっても心の拠り所であったはずで
地元の悲しみは察するに余りあるところなんですが、
沖縄とは特に縁もゆかりもない私としても一国民として悲しまずにはいられず、
この先また一日も早く美しい姿で再建されることを願ってやまないところです。

ということでここは、今後の首里城再建と沖縄のみなさんの幸せを祈って、
10年前に私が見た首里城の写真を改めて載せておこうと思います(↓)。

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(↑)首里の古城の石だたみ 昔を偲ぶかたほとり・・・
  琉球王朝の風格を今に伝える朱塗りの立派な建物だったんですが・・・本当に残念です。

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(↑)周囲の建物や文化財もともに焼失したものの、
  この守礼門が焼失を免れたことは唯一の救いでしたでしょうか。

昔の旅行の写真を見ていると、
沖縄のみならず、またどこかに旅行に行きたくなってくるんですが・・・
この先年末にかけては仕事と冬コミの準備でまた忙しくなるので
年内はやっぱり無理ですね(苦笑)。
台風や豪雨で甚大な被害を受けた観光地も多かった今年の秋でしたが
年明けあたりにはきっと元の落ち着きを取り戻している所も多いかと思いますので
また漫画制作の取材も兼ねてどこか旅に出たいところです。


ちなみに冒頭の写真は、5年ほど前に晩秋の秋田を旅した際に撮ったもの、
紅葉シーズン(のピークがちょっと過ぎた頃)の角館の「抱返り渓谷」です。
posted by 松風あおば at 22:02 | 日記

2019年10月18日

ぶらり東急世田谷線の旅(2)

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また1ヶ月ほどごぶさたしてしまいました(汗)。

先日の大型台風の直撃で、各地に甚大な被害が出ているところですが
みなさんのご自宅やお住まいの地域は大丈夫でしたでしょうか?
台風はうちの周辺にもいろいろツメ跡を残していったんですが
TV等で各地の被害状況を見るにつけ、この文明の進歩した今の世にあっても
大自然の猛威の前に人間がいかに無力かを改めて感じますね。

私も先日の連休は台風でひっちゃかめっちゃかになった家の周囲の掃除や片付けに明け暮れ、
ラグビーW杯の日本代表の快進撃もあまりゆっくり観られなかったんですけど、
やっといろいろ落着いたところで、久々のブログ更新・・・ということで
前回のお話「ぶらり東急世田谷線の旅」の続きです。

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人や車が往来する公道上に敷かれたレールを走る鉄道のことを「軌道線」と言います。
専用線路のみを走る普通の鉄道とは異なり、公道上の併用軌道を走り、
その道路上(安全地帯や歩道)に設けられた停留場で乗客の乗降を行い、
主に市街地内の短距離交通手段として利用されるこのタイプの鉄道は
一般には「路面電車」「チンチン電車」などと呼ばれ、今でも地方都市では多く見られますが、
かつては東京都内にもたくさん走っていました。

中でも東京都交通局が運営する軌道線は「都電」と呼ばれ
ピーク時(1955年頃)には、東京23区内に40系統・総営業キロ約213kmもの路線を擁し、
一日の利用者数が約175万人にも及ぶ日本最大の軌道線だったんですね。
しかしそんな都電も、高度経済成長期に入るとモータリゼーション(車社会への移行)や
地下鉄(営団地下鉄、都営地下鉄)の整備進展などに伴い次第に利用者が減少、
次々と路線が廃止となり、1974年(昭和49年)には荒川区の三ノ輪橋停留場と
新宿区の早稲田停留場を結ぶ12.2kmの1路線(都電27系統の一部と32系統を統合した路線)
を残すのみとなりました。これが現在も残る「都電荒川線」です。

また、東京の大手私鉄・東急電鉄もかつては複数の軌道線を有していました。
旧・玉川電気鉄道時代に敷設され、その後東急電鉄の路線となった
渋谷区の渋谷駅と世田谷区の二子玉川園駅(現・二子玉川駅)を結ぶ9.1kmの路線「玉川線」と、
その玉川線を拡張する形で開業した支線の「砧(きぬた)線」(二子玉川園 〜砧本村間 2.2km)、
「下高井戸線」(三軒茶屋〜下高井戸間 5.0q)などがそれで、
主に大正期から昭和中期まで、東京の都心から多摩川流域の郊外を結ぶ
生活輸送、行楽輸送の足としての役割を担っていたんです。
しかしこちらも都電同様、高度経済成長期の急速な社会変化からは逃れられませんでした。
玉川線が走る玉川通り(国道246号)の交通量の増加、首都高速3号渋谷線の建設などの影響で
玉川線は新たな地下路線「新玉川線」(現・東急田園都市線の一部)への移行(開業は1977年)、
砧線はバス転換が決定し、ともに1969年(昭和44年)5月11日をもって廃止となり、
この時点で東急の軌道線は下高井戸線(三軒茶屋〜下高井戸間 5.0q)1路線を
残すのみとなってしまったんですね。その下高井戸線が「東急世田谷線」と改称され、
東急電鉄で唯一の軌道線として現在に至っているというわけです。

路面電車が次々と淘汰されていく中でも生き残り
今なお東京を走り続けている都電荒川線と東急世田谷線・・・
この2線だけが廃止されずその後も存続できたことには実はある理由がありました。
それは、両線とも「利用者数が多かったから」ということもさることながら、
もう一つ共通して言える大きな特徴として
両線とも「軌道線でありながら、実際には併用軌道区間がほとんどなく
大部分の区間が専用軌道区間であった」というのがあったんですね。
つまりこの2線は「軌道線」に位置づけられながらも、
走行区間のほとんどが電車専用に設けられた線路(専用軌道)で、
人や車の通る公道上を走る路面部分(併用軌道)がほとんどなかったため、
道路交通に与える影響が少なく、廃止する理由がなかった・・・ということなんです。

実際、荒川線、世田谷線とも、今も道路上を走っている路面箇所はわずかしかなく
(世田谷線は前回触れた「若林踏切」の部分のみ)、
そういう意味では「今も「路面電車」の路線が堂々と残っている」と断言するには
やや無理がある(?)のかもしれませんが、
かつて東京の道の真ん中を走っていたタイプの電車が今なお走っているという事実には変わりなく、
古き良き昭和時代のノスタルジーをも今に伝える貴重な存在ともなっており、
私のような鉄道マニアのみならず、多くの人から愛される路線になっている、
というわけなんですね。



・・・ということで、前置きが長くなりましたが、
今年の夏の終わりのある日、
私・松風は一日乗車券を手に、その東京に今も残る軌道線・東急世田谷線に揺られて
行き当たりばったりのぶらり途中下車の旅をしてきた・・・ということで、前回は
三軒茶屋を出発し、若林の踏切、松陰神社などを散策した話をしていたかと思います。

松陰神社に参拝した後は、松陰神社前駅から再び世田谷線の電車に乗って先に進みます。

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(↑)世田谷線は、私のような行き当たりばったり散策の人がやっぱり多いんでしょうか?
  各駅ごとの沿線情報の案内板がどの駅にもあります。
  さて次はどの駅まで行こうか?
  考えているうちに次の電車が来てしまったので、とりあえず再び電車に揺られ
  下高井戸方面へと進みます。

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(↑)歴史あるフリーマーケット「世田谷ボロ市」が開かれるボロ市通りに近い世田谷駅、
  「世田谷代官屋敷」や「世田谷郷土資料館」などのスポットへの最寄り駅・上町駅、
  この2駅は降りようか迷いつつもスルーし・・・

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(↑)結局その次の駅、宮の坂駅で下車しました。
  ここは「世田谷八幡宮」や招き猫発祥の寺として知られる「豪徳寺」の最寄り駅です。

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(↑)この駅の下りホームのすぐ隣は世田谷区の「宮坂区民センター」・・・なんですが、
  その入り口にはホームに横付けされるように昔懐かしい緑の電車が展示されています。

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(↑)この車両はかつて世田谷線を走り、その後江ノ島電鉄(江ノ電)でも活躍した
  東急デハ80形(江ノ電600形)電車(東急デハ87→江ノ電601)。
  1925年(大正14年)製造の木造車両デハ20形電車を戦後鋼体化改造したもので、
  1969年(昭和44年)まで旧・玉川線、世田谷線を走り、その後1970年(昭和45年)に
  江ノ電に譲渡されて、1990年(平成2年)まで走り続けた車両です。
  引退後里帰りし、ここに静態保存されるようになったものですが
  その後老朽化が進んだため、昨年ふるさと納税の寄付金で全面修復されたことは
  ニュースでも話題になりました。

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(↑)9時から17時までは車内も一般公開されているので、早速見学してみることにします。
  全長14m弱、車幅2.3mほどの丸みを帯びた小ぶりな車体の内部は
  今の車両には無いなんとも不思議な雰囲気に包まれていました。
  古風なロングシートと板張りの床にノスタルジーを感じますね。

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(↑)かつての広告スペースには、このデハ87が走っていた頃の世田谷線や
  今は無き旧・玉川線(渋谷〜二子玉川園)、砧線(二子玉川園〜砧本村)の
  往年の写真が展示されていました。

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(↑)長年にわたり地元の人々の足として愛されながらも、
  高度経済成長期の都市化とモータリゼーションの流れの中で姿を消していった東京の軌道線。
  その奇跡的な生き残りである世田谷線は
  そんな時代の生き証人としての役目も担っているのかもしれません。

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(↑)古い車両の車内で古き良き時代の路面電車の写真を見ていると
  タイムスリップでもしたかのような不思議な感覚に浸ってしまいますが
  窓の外を見ると今の世田谷線の車両が多くの人を乗せて走り抜けていきます。
  引退してもなおかつての路面電車の雰囲気を伝え、多くの人に愛されている老雄車両デハ87。
  これからも大事に残してほしいと思います。


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(↑)さて、宮の坂で降りたので
  ここからほど近い「招き猫発祥の寺」として名高い豪徳寺にも足を延ばしてみました。
  宮の坂のもう一つ先の駅・山下駅が小田急線の豪徳寺駅に隣接する駅ですが
  実際はここ、世田谷線の宮の坂駅が豪徳寺の最寄り駅なんですね。
  駅前踏切を渡って5分ほど歩くとその豪徳寺が見えてきました。

豪徳寺(ごうとくじ)・・・
正式名称は「大谿山(だいけいざん)豪徳寺」。
もともとは中世のこの地の豪族で世田谷城主だった吉良政忠が
文明12年(1480年)に世田谷城内に創建した「弘徳院」という臨済宗の寺院でしたが
天正12年(1584年)に曹洞宗に改宗。
戦国時代、豊臣秀吉の小田原攻めで北条氏が滅亡し
従属関係にあった吉良氏がこの地を追われて世田谷城が廃城となると
この寺もその庇護を失い一時期廃れますが、
江戸時代に入り、この一帯が彦根藩の世田谷領となって以降は
彦根藩主・井伊家の江戸における菩提寺として再興され、
「豪徳寺」と改号されて現在に至っています。

彦根藩主・井伊家の菩提寺ということで、
歴代の彦根藩主のうち江戸で没した藩主やその身内の墓があり、
その井伊家墓所が国指定史跡となっているほか、
梵鐘・仏殿・仏像など数多くの歴史的文化財を今に残す
東京の有名寺院
・・・なんですが、それ以上にこの寺を有名にしたものとして
この寺の縁起でもある「招き猫」の伝説があります。

それは江戸時代は寛永年間のお話・・・
彦根藩2代藩主の井伊直孝が江戸の郊外に鷹狩をしに出向いた帰り道のこと。
当時は小さな貧乏寺だったこの寺(豪徳寺の前身の弘徳院)の前を通りかかった時、
一匹の猫がその門前で手招きをするようなしぐさをしているのを目撃します。
直孝は何かの縁を感じてこの寺に入り、休憩がてら和尚と話をしていたところ
ほどなくして暗雲が立ち込め、激しい雷鳴が響きわたるとともに大雨が降り始めました。
雷雨の難を逃れた直孝は「この寺の猫が助けてくれた」と感謝し、
小さな貧乏寺だったこの弘徳院に多額の寄進をして立派な伽藍を整備するとともに
この寺を井伊家の江戸の菩提寺とすることにしました。
(弘徳院は直孝の死後、その戒名(久昌院殿豪徳天英大居士)から寺号を「豪徳寺」と改めました。)
・・・という伝説でして、
金運や良縁を招く縁起物としておなじみの置物である「招き猫」は
このエピソードに由来すると言われています。

その招き猫伝説から、豪徳寺では招き猫のことを「招福猫児(まねぎねこ)」と称し、
招猫観音(招福観世音菩薩、招福猫児はその眷属)を祀る「招福殿」というお堂まであり、
そのすぐ側の一角「招福猫奉納所」には数多くの招福猫児が奉納されていて、
今では東京の人気パワースポットとしても知られているんですね。

というわけで、その豪徳寺に早速お参りです。

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(↑)山門に至る松並木の参道です。松の巨木の幹や枝ぶりに歴史の風格を感じさせます。

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(↑)そしてここが「山門」・・・なんですが、思いっきり工事中でした(汗)。
  今回は工事現場のコーンに誘導されるままに三重塔側の迂回路の脇道から境内に入ります。

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(↑)立派な「三重塔」です。これもさぞ歴史ある堂宇なのかと思いきや、
  創建は平成18年(2006年)とのことで、境内で最も新しい建物でした。
  この時はじっくり見なかったんですが、この三重塔・・・初層の軒下には  
  東西南北各面にそれぞれ3体ずつ十二支の彫り物が施されているそうで、
  ねずみの所には招き猫も登場するほか、二層の軒下にも猫の彫り物が施されているんだとか。
  そのへんはさすが豪徳寺というところでしょうか。

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(↑)こちらは「仏殿」。
  井伊直孝の娘・掃雲院が父の菩提を弔うため、延宝5年(1677年)に建立したものだそうです。
  今度こそ歴史ある建物にめぐり会えました(笑)。
  正面の扁額には青い文字で「三世佛」と書かれています。
  三世とは「過去」「現在」「未来」のこと。
  内部には大権修利菩薩像、弥勒菩薩像、釈迦如来像、阿弥陀如来像、達磨大師像が
  安置されていて、建物とともに世田谷区の有形文化財に指定されています。

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(↑)屋根には井伊家の家紋・井桁紋。
  側面の扁額には「選仏場」の額が掛っています。
  「選仏場」とは修行僧の坐禅道場のことですので、ここは禅堂も兼ねているんですね。

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(↑)仏殿の北側に法堂(本堂)があります。
  豪徳寺の伽藍は禅宗の伽藍配置としてはよくあるタイプで
  山門、仏殿、法堂(本堂)が一直線上に建てられています。
  この法堂(本堂)が本来お寺のメインスポットと言うべき建物・・・なんですが
  昭和42年(1967年)創建の鉄筋コンクリート造りの建物なので
  あまり歴史の趣を感じないためか?参拝客(観光客)の興味は薄いみたいで
  素通りする人が多いようでした。

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(↑)境内入って東側にある「鐘楼」です。
  梵鐘は延宝七年(1679年)に近江大掾藤原正次という
  当時の江戸でも一流の鋳物師によって制作されたもので
  工芸的にも非常に精巧で優れた完成度の高い作品なんだとか。
  仏殿や仏像と同様、こちらも世田谷区の有形文化財に指定されています。

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(↑)こちらは境内の奥にある庫裡(社務所)。本堂よりも歴史を感じさせる建物です。
  南側にある玄関(写真右)は、千葉の佐倉藩の藩主堀田家の大名屋敷玄関を
  移築したものだそうで、とても重厚な造りをしています。

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(↑)社務所内では招福の招き猫やお守り等を購入することができます。
  近くの自販機にも招き猫のイラストが・・・。
  そういえばこのお寺のメインスポット(?)、招き猫を祀る「招福殿」にまだ
  お参りしていませんでしたね。

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(↑)招福殿は三重の塔の北側、仏殿の西側にありました。
  ここに「招福観音」が祀られていて、お参りすると「家内安全」「商売繁盛」「心願成就」の
  ご利益があるとのことで、早速お参りです。

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(↑)堂の前にある絵馬掛けにかけられているのは、絵馬ならぬ「絵猫」。
  みなさんの願い事を見ると、よくある合格祈願や縁結び祈願などに加え
  ペットの健康や幸せを祈るものが多かったですね。
  英語や中国語などで書かれたものも多く外国人の参拝客も多いようです。

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(↑)そしてお堂のすぐ西隣には
  「招福猫奉納所」という区画があるんですが・・・
  そこは見渡す限りの招き猫、猫、猫・・・!? 大きさは大小さまざまですがものすごい数です(汗)。

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(↑)招き猫は達磨などと同じ縁起物で、初詣などに来る人が
  古いのを返納して新しいのを買って帰るようなパターンが多いため、
  その返納された招き猫が一時的にここに集まっているようなんですが、
  大小さまざまの招き猫がここまで群がっている風景はさすがにちょっとシュールですね(笑)。

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(↑)境内でもやはりここが一番の人気スポットらしく、
  ここだけは入れ代わり立ち代わりひっきりなしに人が訪れていました。
  やはり外国人の参拝客もちらほら見受けられましたね。
  「外国の人が日本のこういう風景見てどう思うんだろう?」とふと思ってしまいましたが
  私の側にいた欧米人らしき若い女性二人は
  “Oh! Many Cats!”となかなかご満悦の様子でした(笑)。

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(↑)招福殿より西側のエリアは墓域。
  その南側の広大な一角はこの寺を代々菩提寺としていた彦根藩主・井伊家の墓所で
  国指定史跡となっています。

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(↑)ここは豪徳寺中興の祖である2代藩主・井伊直孝をはじめ
  歴代の彦根藩主のうち江戸で没した藩主(6代・直恒、9代・直=A10代・直幸、13代・直弼、
  14代・直憲)とその正室、側室、子女、重臣など彦根藩関係者の墓が並んでいます。
  その墓石の数は300基以上あるんだとか。

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(↑)ここが2代藩主・直孝の墓。
  大名のイメージからは少し質素な印象も受けますが
  やはり武家の墓としての品格と言いますか、凛としたものを感じます。

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(↑)こちらは13代藩主・直弼(なおすけ)の墓。
  井伊直弼といえば、幕末の幕府大老にして「日米修好通商条約」に調印するなど
  日本史の教科書に登場する人物なのでご存知の方は多いかと思います。
  諸外国が押し寄せ、尊王攘夷などのイデオロギーが交錯する激動の幕末にあって
  さまざまな板挟みの中、執政者としてカリスマを振るった大老・井伊直弼。
  天皇の勅許を待たず外国と条約を結び、反発する攘夷派を安政の大獄にて弾圧し、
  自らも最期は桜田門外の変にて凶刃に倒れるという波乱の人生は
  今なお歴史のドラマとして語られています。

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思えば、つい先ほど参拝してきた松陰神社は
安政の大獄で処刑された幕末の思想家・吉田松陰の墓所とそれを祀る神社。
こちらはその安政の大獄で松陰を処刑した幕府大老の墓所。
今から見れば両者とも、国を想い近代日本の礎を築くべくその犠牲になった大人物ですが
この世田谷のわずかな距離の範囲内に両者が眠るスポットが存在していることには
なんとも不思議な因縁を感じずにはいられません。
世田谷線はそんな歴史上の数奇な縁をも結んでいる路線なんですね。


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(↑)さて、宮の坂駅まで戻ってきました。
  終点・下高井戸まではあとわずかですが、もう一駅だけ途中下車したいと思います。

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(↑)その「もう一駅」とは、宮の坂の一駅先の山下駅。
  ここは小田急線の豪徳寺駅との乗換可能駅です。

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(↑)三軒茶屋側からは小田急の高架下をくぐってすぐの所にある山下駅。
  ホーム南側前方を見上げるとすぐ目の前に小田急線の高架ホームが見えます。

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(↑)駅の南側に出て踏切を渡り、20mほど歩けば・・・

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(↑)そこは小田急線の豪徳寺駅の改札口。
  駅名こそ違えど両線の乗り換えの手間はほとんどなさそうです。

乗り換え可能なくらい隣接しているのなら両線とも同じ駅名に統一すればとも思いますが・・・

調べてみると
山下駅の開業は1925年(大正14年)5月1日。
豪徳寺駅の開業は1927年(昭和2年)4月1日。
世田谷線の山下駅の方が少しだけ早く開業しています。
両駅の開業当時の所在地(地名)は「東京府荏原郡世田ヶ谷町」(現在は世田谷区豪徳寺一丁目)でしたが、
豪徳寺に近く、やはりこのお寺が昔からこの地域のランドマーク的な存在だったため、
小田急線はこの駅を「豪徳寺」駅にしたんですね。

では、それよりも古い世田谷線の「山下」駅の方はというと・・・
「山下」の名は今の地図上の地名にもないようですが、
一体どういう由来でつけられた駅名なんでしょうか?

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実は「山下」というのは、
「山=大渓山豪徳寺」の下(たもと)という意味の駅名なんだとか。
(これが小字などの古い地名としてあったのかどうかはわかりませんが)
要は「豪徳寺」という名称は直接使っていないものの
こちらの駅名も「豪徳寺の近く」という意味だったんですね。

詳しく調べてみると、
開業したばかりの頃の世田谷線は今とは少し駅が違っていたようで
当時は今の宮の坂駅のある場所には駅は無く、
今の宮の坂駅から両方向少し離れたところにそれぞれ
「(旧)宮の坂」駅と「豪徳寺前」駅という2つの駅があったそうなんです。
当時の豪徳寺の最寄り駅は当然ながら豪徳寺前駅。
豪徳寺にもっと近いところに駅があって、
そちらで「豪徳寺」の名称をすでに駅名として使っていたため
その名を重複させないようにしていたんですね。
それゆえに、その後すぐそばに小田急線の「豪徳寺」駅が開業しても
その名前に統合するわけにはいかなかった、というわけです。

ちなみに(旧)宮の坂駅と豪徳寺前駅が統合されて
今の「宮の坂」駅が開業したのは1945年(昭和20年)7月15日とのこと
(「宮の坂」は「宮=世田谷八幡宮」近くの坂にちなんだ名前)。
その時点で豪徳寺前駅が廃止されたため、
「豪徳寺」の名は世田谷線上からは消えたわけですが
今度は新しい「宮の坂駅」の方が豪徳寺の最寄り駅となったためか、
やはり山下駅を「豪徳寺」駅に改称するようなことはありませんでした。
その時点ではすでに「山下」駅の名も地元に十分定着していたはずで
あえて駅名を統一しようという動き自体も無かったとは思いますが・・・。

駅名にまつわるエピソードも調べてみると結構面白いものがありますね。


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(↑)さて、山下駅に戻って再び世田谷線に乗りますが、
  全区間5qの世田谷線の旅もいよいよラスト・・・
  山下駅からは松原駅を経て5分ほどで終点・下高井戸駅に到着しました。
  三軒茶屋からここまで(途中下車しないで一気に来る場合)の所要時間は19分ほどです。
    
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(↑)世田谷線の下高井戸駅は三軒茶屋駅と同じ、頭端式ホーム2面1線の駅で
  降車専用ホームは駅の東西を結ぶ自由通路になっています。

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(↑)下高井戸駅は京王電鉄本線との乗換駅。
  世田谷線の降車ホーム側に京王線の下高井戸駅ホームが隣接しています。
  乗換駅で利用者も多そうな駅ですが、京王線の下高井戸駅は快速、各駅停車のみが停車し
  特急や準特急、急行は通過します。

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(↑)京王線のホーム側から見た世田谷線のホームです。
  山下駅と違い、こちらは両線が「同じ駅の中にある」のが一目瞭然です。
  ちなみに両線の下高井戸駅の開業は
  京王電鉄が1913年(大正2年)4月15日(ただし1938年から1944年までの駅名は「日大前駅」)。
  世田谷線が1925年(大正14年)5月1日。
  こちらは京王の方が12年も早いんですね。
  ちなみに前回も触れましたが、両線の線路の軌間はともに1372mm。
  戦時中は旧・玉川線の大橋工場と京王線の桜上水工場間を結ぶ部品配給列車を運行させるため、
  この駅で両線の線路は繋がっていたそうです。
  東京の鉄道もいろいろ歴史がありますね。

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というわけで、
私の世田谷線の旅はひとまずここでおしまいです。

東京で今も走り続ける軌道線、東急世田谷線・・・
普通の鉄道路線と比べればなんともスローペースのまったり電車なんですが
古くから地域に密着し、今も地元の人の生活の足として愛されているのを感じつつ
気ままな沿線散歩を楽しむ時間は、なんとも楽しく心地よいものがありました。

世田谷線の沿線には、この日回ったスポットの他にも
まだまだ見るべき場所がありますので、そのうちまた乗りに来たいと思います。
posted by 松風あおば at 00:00 | 日記

2019年09月14日

ぶらり東急世田谷線の旅(1)

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東急世田谷線・・・という路線をご存知でしょうか?
東京都世田谷区の三軒茶屋駅と同区内の下高井戸駅の間、
5.0qの区間を結ぶ東急電鉄(東京急行電鉄)の軌道線です。

「軌道」とは広義には鉄道車両が走る線路(レール)を指す言葉ですが、
「軌道線」と言った場合は、一般の車や人が往来する公衆道路に
レールが敷設される路線を指す狭義の言葉になり、
専用の線路敷のみで運行される鉄道路線とは区別されるものになります。
一般的には「路面電車」と呼ばれることが多いこのタイプですが
法律的にも「軌道法」という別個の法律が適用されるものなんですね。

東京都心から川崎市・横浜市を中心とした神奈川県東部地域にかけて
古くから一大路線網を有する大手私鉄・東急電鉄が運営する
唯一の軌道線がこの「世田谷線」なんですが、
世田谷区東部の地元住民の足としてはもちろん、
東京では都電荒川線(早稲田〜三ノ輪橋)とともに今なお残る路面電車として
多くの人に愛されているこの路線・・・
私・松風自身は日頃利用する路線ではないのですが、
先日ふとこの路線に久々に乗りたくなり、ぶらっと路線探訪をしてきました。
今回はその時のことを振り返ってみたいと思います。

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(↑)まず降り立ったのは東急田園都市線の三軒茶屋駅。
  ここで同じ東急の世田谷線に乗り換えます。
  田園都市線の地下ホームから改札を出て長いスロープの地下道を延々進むと・・・

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(↑)三軒茶屋のランドマークビル「キャロットタワー」に直結する
  世田谷線の三軒茶屋駅に辿り着きました。世田谷線の三軒茶屋駅は
  「煉瓦造りの高層ビルの中でヨーロッパ風の駅舎にレトロな路面電車が走る駅」
  ということで、関東の駅百選に選ばれています。

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(↑)田園都市線も世田谷線も同じ東急の路線・・・なんですが、両路線は運賃別立て。
  世田谷線内の運賃は全区間均一制で、路線距離5.0q、全10駅どこまで乗っても
  「おとな150円 こども80円(ICカード利用時はおとな144円 こども72円)」です。
  一日全線全駅で乗り降りできる「世田谷線散策きっぷ」(おとな330円)という
  一日乗車券もあり、この日の私ももちろんこちらを購入しました。

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(↑)世田谷線沿線はレトロな街並みや寺社仏閣を始め名所旧跡がたくさんあり、
  ちょっとした歴史散歩ができる路線としても知られ、
  TVの散策番組などでもよく取り上げられていますので
  地元住民や鉄道マニアならずとも割とよく知られています。

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(↑)三軒茶屋駅のホームは頭端式2面1線のホーム。  
  1線の線路の両側に乗車ホーム・降車ホームがそれぞれ設置されていますが、
  降車ホーム側には改札がなく、通り抜けの一般通路としても利用されています。
  
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(↑)電車が入ってきました。
  今の世田谷線の車両は全列車がこの300系。
  2両編成(2車体3台車の連接車)で全10編成で運行されていますが
  車体色は編成ごとに異なり、来る電車ごとに色が違うのでなかなか楽しいです。

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(↑)車体色はこの10種類。
  正確には現在は「世田谷線50周年記念企画」の一環として
  301F編成はグリーンとクリームの玉電塗装(旧玉川線の塗色を再現したもの)、
  308F編成は「幸福の招き猫電車」塗装(沿線の豪徳寺の招き猫に由来するデザイン)に
  変更されています。

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(↑)土曜日の昼下がりの世田谷線・・・大勢の人が降り、大勢の人が乗ります。
  軌道線とはいえ、一日の乗降者数が11万人を超えるドル箱路線でもあるんですね。

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(↑)ちなみに「三軒茶屋」の地名は、江戸時代、大山道と登戸道の分岐点だった
  この地に三軒の茶屋があったことに由来すると言われています。
  今も国道246号線と世田谷通りの分岐点で、田園都市線で渋谷から2駅のこのエリアは
  「住みたい町」ランキングの上位に名を連ねる人気の街なんだとか。
 
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(↑)ドアが閉まり三軒茶屋を出発・・・と思ったら、あっという間に最初の途中駅、
  西太子堂に到着。三軒茶屋と西太子堂の駅間距離はわずか0.3km(300m)。
  三軒茶屋の再開発で、三軒茶屋駅が西太子堂駅寄りに移転したこともあって
  世田谷線内でも駅間距離が最も短い区間ですが、
  いかにも軌道線らしい駅と駅の近さです。

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(↑)車内の雰囲気も電車の車内と言うよりはバスの車内に近いものがあるでしょうか?
  にしても、通勤利用の少ない土曜日でも結構混むんですね。

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(↑)若林に到着。ここでちょっと途中下車してみます。
  この駅の手前、三軒茶屋寄り30mほどの所に
  この世田谷線を象徴するスポットがあるのでそこに行ってみることにしました。

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(↑)そのスポットとは・・・ここ「若林踏切」です。
  世田谷線と交通量の多い環状七号線(環七通り)との交差地点の踏切なんですが、
  この踏切、なんと警報機も遮断機もない「第4種踏切」なんですね。

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(↑)というのも、ここは信号機によって交通が制御されている特殊な踏切なんです。
  道路交通側に一旦停止の義務はなく、電車も環七通りの交通に優先されないため
  信号によっては電車の方が一時停止をする仕様になっていることで
  「信号待ちをする電車」が見られる踏切として知られています。

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(↑)環七側の信号が赤の時は車の往来が停まり、その間に電車が通過していくこともあれば・・・

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(↑)環七側の信号が青の時に電車が踏切に差し掛かると、逆に電車が信号待ちをすることも・・・
  ここでは毎日こんな光景が繰り返されているんです。

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(↑)この踏切も、かつては踏切警報機とワイヤーを使った昇開式遮断機が設置された
  電車優先の普通の踏切だったそうですが、環七通りの交通量の爆発的な増加に伴い
  踏切近辺の渋滞悪化が顕著になったため、1966年(昭和41年)に
  警報機と遮断機が撤去され、信号機が設置されて現在の姿になったんだとか。
  一般の車や人が往来する道路にレールが敷設される「軌道線」に分類される世田谷線
  ・・・なんですが、実のところこの世田谷線はほぼ全線が「専用軌道」区間で
  道路上を走行する区間(併用軌道)は無く、この若林踏切が唯一の公衆道路共用部分と
  なっています。

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(↑)さて、若林の駅に戻って再び世田谷線の電車に乗ります。
  今度はグリーン塗装の電車に揺られ、一駅先の松陰神社前で降ります。
  この駅はその名の通り、「松陰神社」の門前町の駅。
  徒歩5分ほどの所に松陰神社があります。

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(↑)駅前の踏切を渡ります。
  余談ながら世田谷線のゲージ(軌間・レールとレールの間隔)は1372o。
  スコットランドの馬車鉄道のゲージ(4フィート6インチ)を採用した
  かつての「東京馬車鉄道」(後の「東京都電」へと発展)の流れを汲むこのゲージは
  都電荒川線や京王電鉄(井の頭線を除く)、函館市電などで今も見ることができます。

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(↑)松陰神社前の駅から松陰神社までの間は
  昔ながらのお店が並ぶアットホームな商店街を通り抜けます。
  ゆったりとした時間が流れどこか懐かしい感じもする・・・そんな街でしょうか。

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(↑)今さらですが、「松陰神社」は
  長州・萩の「松下村塾」にて高杉晋作、木戸孝允、伊藤博文といった
  明治維新の立役者たちを育てた幕末の思想家・吉田松陰を祀る神社。
  商店街の一角には「松陰本舗 松下村塾學び館」という
  吉田松陰や松下村塾の塾生・門下生などについて学ぶことのできる
  入館無料の資料館まであります。

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(↑)松陰神社までやって来ました。吉田松陰を祀る松陰神社は、
  その故郷にして松下村塾のあった山口県萩市にもありますが
  こちらの松陰神社は、かつての長州藩主の別邸の跡地で
  ここに改葬された吉田松陰の墓の側に創建されたものなんだとか。
  
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(↑)鳥居をくぐり拝殿に向かう松陰神社の参道を進みます。
  それほど大きくはない神社ですが、境内には凛とした厳かな雰囲気が漂っていました。

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(↑)幕末の激動の時代に、類まれなる先見の明と不屈の精神をもって
  その先の明治という新時代を切り開く多くの逸材を育んだ吉田松陰。
  安政の大獄にて刑死し、自らはその近代日本の姿を見ることはできなかったものの
  維新を成し遂げた門下生たちによってその思想は受け継がれ
  その師の御霊は神としてここに祀られた・・・というわけなんですね。

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(↑)そんな松陰先生の志にあやかるべく、私も清らかな心で参拝させていただきました。
  晩夏の土曜の昼下がりの境内は静寂に包まれセミの声だけが響き渡っていましたが、
  拝殿で手を合わせる人は絶え間なくやってきていました。

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(↑)拝殿の隣には、なんと「松下村塾」の看板が。
  萩市の松陰神社の境内には幕末当時の松下村塾の塾舎の建物が現存していますが、
  実はここにも松下村塾を模した建物があったんですね。

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(↑)模築とはいえ、往時の雰囲気は十分に伝わってきます。
  建物は木造瓦葺き平屋建ての小舎で八畳と十畳半の部分からなっていますが
  十畳半の部分は塾生が増えて手狭になったため、後から増築したものなんだとか。
  1857年(安政4年)から1858年(安政5年)までの2年程の間、
  吉田松陰はこの部屋で塾生たちに教育を施しました。

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(↑)こちらが最初からあった八畳の部屋。

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(↑)こちらが増設された十畳半の部屋。見た目は質素な日本家屋の部屋ですが、
  この部屋から後の近代日本を築き上げた錚々たる人物たちが輩出されたのかと思うと
  何とも感慨深いものがあります。

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(↑)「万巻(まんがん)の書を読むに非(あら)ざるよりは
   寧(いずく)んぞ千秋(せんしゅう)の人と為るを得ん。 
   一己(いっこ)の労を軽んずるに非ざるよりは、 
   寧んぞ兆民(ちょうみん)の安きを致すを得ん。」
 ( 多くの書物を読もうともしない者が、どうして立派な人物になり得るだろうか。
  自分の労苦を軽んじ厭う者に、どうして世の人々の安寧をもたらすことなど出来ようか。)


私も松下村塾の教えを肝に銘じたところで、再び世田谷線に乗って先に進みますが・・・
長くなりましたので、このお話は次回に続きます。

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posted by 松風あおば at 17:33 | 日記

2019年08月30日

夏コミティア(COMITIA129) in 青海展示棟

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今年も夏コミが無事終わり、いよいよ夏も終わり。
夜には虫の声も聞こえ始め、季節は初秋へと向かいつつありますが
一次創作で同人活動をしている者にとってはもう一つ、夏を締めくくる大事な同人イベントがあります。
一次創作オンリーイベント(自主制作漫画誌展示即売会)のコミティアです。
今年も夏コミティア(COMITIA129)が夏コミの2週間後の8月25日(日)に開催されていました。

季節に1回、年4回開催される東京のコミティアのうち
時期的な都合でどうしてもコミケと連続してしまう夏のコミティア・・・
うち(虹の卵)としては(夏コミ落選時以外は)サークル参加はしないというスタンスで
今年も悠々と一般参加を楽しんできたんですが、
今年の夏コミティアは昨年までの夏コミティアとは少しばかり違うものだったんですね。

何が違っていたか?と言えば・・・ズバリ「会場」。
オリンピック準備のため、東京ビッグサイトが限定的な使用を余儀なくされているというのは
今回の夏コミ4日間開催という話でも触れましたが、その余波はコミティアにも及んでいて
今回の夏コミティアもいつものビッグサイトの東・西ホールではなく
少し離れた場所に仮設された「青海展示棟」での開催だったんですね。

すでに前回の5月コミティアもこの青海展示棟での開催だったそうですが
5月コミティアには参加せず、また夏コミ期間中の企業ブース(青海展示棟)にも足を運ばなかった
私・松風にとっては、今回がその青海展示棟初体験・・・
ということで、いつも以上にワクワクした気持ちで会場へと向かったんですが
はてさて、その初めて参加した「青海コミティア」はどんなコミティアだったか?
当日の会場の様子を振り返ってみたいと思います。

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(↑)今回の会場は「青海展示棟」。
  場所はこれまでのコミケやコミティアの会場として慣れ親しんだ
  ビッグサイト・東西ホールからは1.5kmほど離れたところにあります。
  おなじみりんかい線に乗りますが、いつもの国際展示場駅までは乗らず、
  一つ前の東京テレポート駅で降ります。 
 
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(↑)東京テレポート駅の改札を出て左手、出口Aのエスカレーターで
  外に出てみると・・・

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(↑)そこは、いきなりのコミティア会場・入場口!?
  なんと、東京テレポート駅を出て左手すぐの所が青海展示棟の入口でした。

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(↑)正面のビーナスフォート側にはゆりかもめの青海駅。
  また手前の歩道橋を渡った先には同じくゆりかもめのお台場海浜公園駅があります。
  交通の利便性においてはこの上ない立地というべきでしょうか。。

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(↑)ビーナスフォート側から青海展示棟を見てみると
  芝生や植え込みの木々・花々に囲まれた何やら不思議な建物にも見えてきます。

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(↑)建物の正式名称は
  「東京ビッグサイト 青海展示棟(Tokyo Big Sight AOMI Exihibition Hall)」
  離れていてもあくまでも「東京ビッグサイトの一ホール」という位置づけなんですね。

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(↑)今回の『ティアズマガジン』を購入。早速会場に入ってみます。

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(↑)ここの会場ホールはほぼ正方形のホール2つ(Aホール・Bホール)が並ぶ単純構造。
  わかりやすいと言えばわかりやすいですが・・・
 
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(↑)会場内に入って見回してみると、やっぱり「仮設」の安普請感はありますね(苦笑)。
  ざっくり言えば「巨大なプレハブ建物」・・・というところでしょうか。
  5月コミティアやコミケでの噂を聞いたところでは
  トイレが少ない、空調の効きが悪い、携帯電波が弱い・・・などなど
  あまりいい評判が上がってませんでしたが、私個人の感想としては
  この日の居心地はそんなに悪くはなかったように思います。
  
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(↑)AホールとBホールの挟間です。それぞれのホールの大きさを考えると
  あえて2ホールに分けずに、一つの巨大ホールに仕上げてもよかったように思うのですが
  そのへんは技術的な制約などもあるのかもしれませんね。

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(↑)商業各社各誌のブースが一堂に会する「出張編集部コーナー」は今回も賑わっていました。

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(↑)見本誌コーナーにチラシ置き場も健在です。
  今回は見本誌コーナーで本を読みふけってしまい、買い物自体はあまりできませんでした(汗)。

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(↑)コミティアグルメ(?)も今や目が離せません。
  もはやコミティア名物と言ってもいい(?)「オムそば」屋さんに
  話題のローストビーフ丼、タピオカドリンクなどの「うまいもん屋台」もかなり繁盛していたようです。
  
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(↑)企業出展ブースも、今や印刷会社から同人誌委託書店・ダウンロードサイトなどの他、
  文化庁のメディア芸術祭、地域の漫画イベント、はちみつ屋さんまで出展しています。
  クリップスタジオによるデジタル漫画セミナー(実演講座)も今やおなじみですが
  私もここにはかなりお世話になっています(笑)。

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(↑)私自身は会場内で見かけることはありませんでしたが、
  今回はNHKによる映像撮影取材も入っていたようです。このコミティアの様子は
  2019年12月〜2020年1月頃に「東京ミラクル」という番組にて放映されるとのことですが
  どんな内容の番組でコミティアがどんな風に紹介されるのか? 今からちょっと楽しみですね。


というわけで、
今年も夏コミティア一般参加を満喫した私でしたが、
「青海展示棟」という新たな会場でのコミティアは
いつものビッグサイト東西ホールで開催されるコミティアと基本的に同じでありながら
どこか新鮮味があって楽しかったです。
良くも悪くも「仮設」ということで、オリンピック終了後には消滅してしまうこの青海会場。
何年後かには思い出の中でのみ語られる「幻の会場」となってしまうかと思うと
何か貴重な体験をしているような気(?)もしてしまう、そんな今回のコミティアでもありました。
  
コミケ・コミティアの他、同人イベントの主催・準備会サイドのスタッフのみなさんにとっては
会場確保から当日の細かい運営に至るまで、
オリンピックに振り回される日々がまだあと1年ほど続くことかと思いますが
私のようなサークル参加者・一般参加者としてはその恩恵に感謝しつつ、
この先もそれぞれのイベントを楽しみたいところです。


季節は間もなく秋・・・そしてその先の冬に向けて、私の方も次の本の原稿また頑張りたいと思います。
posted by 松風あおば at 00:14 | 日記

2019年08月21日

2019年夏コミ(コミックマーケット96) お疲れさまでした〜。

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すでに終了して10日ほど経っていますが
史上初の4日間開催となった今回のコミケ・・・なんとか無事終了しましたね。
暑い中参加されたみなさん、今回もお疲れさまでした。

当サークル「虹の卵」も
3日目(11日(日))の創作少年ジャンルにてサークル参加してまいりましたが
今回もサークル席には多くのみなさんにお越しいただき、
酷暑の中ながら本当に楽しい一日を過ごすことができました。
うちとしては表紙・本文ともデジタル作成となった新刊を携えて初めて迎える
記念すべきコミケ(?)・・・でもあったんですが
そんなうちの作品の方も概ねご好評いただき、売り上げも上々で
今回もみなさまには本当に感謝感謝の次第です。

ビッグサイトの西ホールと新設ほやほやの南ホール、
そして少し離れた青海の仮設展示場での4日間開催、
参加者は日によって色の違うリストバンドの参加証を手に巻いて入場・・・と
これまでにないスタイル尽くしで開催された今回のコミケ。
書店での前売りを含めカタログが入手困難になっていたとか、
入場制限の解除や待機列の誘導でのミスがあったとかなかったとか、
イレギュラーな要素が多い中で運営上の混乱も所々であったようで
準備会側もしきりに謝っていましたが、
来場者数は1日目:16万人、2日目:17万人、3日目:20万人、4日目:20万人の
4日間合計73万人と、日数が多かった分やはり過去最高を記録したようですね。
この暑い中、設営日も含め5日間にわたって奔走してくれたスタッフのみなさんには
ただただ頭が下がる思いです。

オリンピックは1年後とはいえ、
そろそろオリンピックに振り回されないコミケが恋しい(泣)・・・というのは
たぶん私たちサークルや一般参加者以上に
準備会の執行部やスタッフのみなさんの切実な想いじゃないかと思いますが、
少なくともあと1年は続くであろうこのスタイルのコミケ・・・
次回以降も大きなトラブルなど無いまま、無事乗り越えられるよう
一参加サークルとしても祈らずにはいられないところです。
とにもかくにも今回の夏コミは、いつもと少し違っていた分も含めて、
いつも以上にみなさん本当にお疲れさまでした。


そんな今回のコミケ・・・
アフターレポートとして今回も写真で振り返って、といきたいところ
だったんですが・・・大変申し訳ありません(汗)。
実はコミケ当日(サークル参加した3日目と一般参加した4日目)の写真をおさめた
私のデジタルカメラのメモリーカードのデータが
その後のちょっとしたアクシデントで吹っ飛んでしまいまして
今回は当日の様子を画像でお見せすることが出来なくなってしまいました(泣)。
(冒頭の写真は、唯一残っていた別の予備カメラで撮影したものです。)
小さな媒体で多くのデータをやり取りできる便利な時代ではありますが
こういうリスクも孕んでいるというのを身を持って体験しましたね。
これが漫画原稿のデータとかじゃなくてよかった・・・というところでもあるんですが
この経験は今後のデジタルツール利用でのリスクヘッジを考える上の
教訓にしたいところでもあります。

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(↑)というわけで、写真はついさっき撮ったものなんですが
  今回のコミケカタログと、付属の入場証(4日分のリストバンド)です。

なお、気付いている人がどれだけいるかはわかりませんが
今回の冊子版のコミケカタログは、これまでの共信印刷鰍ナはなく
大陽出版鰍ェ印刷してたんですね。
これが今回だけの措置なのか、今後もそうなるのかは全く不明ですが、
長く参加している者にとっては、「コミケカタログといえば共信印刷」という
イメージが強かったのでちょっと意外でした。
でも大陽さんは、当サークル(虹の卵)の本の印刷で
いつもお世話になっている印刷会社ですので
私としては正直ちょっと胸アツでもあります(笑)。

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(↑)今回のコミケドリンクは、珈琲貴族氏パッケージデザインのスポーツドリンク。
  キャッチコピーは「青く白い聖地へようこそ」。
  今回のコミケ会場が「青くて白かったか?」どうかはともかく
  夏空をバックにした爽やかなビッグサイト(?)が印象的です。
  今回は会場で飲まないで持ち帰り、冷蔵庫にしまっておいてなにげに正解でした(笑)。


それと(写真は無いものの)今回のコミケで特筆しておくべきはやはり
今回から会場として使用し始めた、出来立てほやほやの「南ホール」でしょうか。
うちは従来の西ホール配置だったんですが、知り合いのサークルさんへの挨拶回りの際
この新ホールに足を踏み入れてビックリ !?
出来たばかりなので新しくて綺麗だった・・・というのは言うまでもないんですが
なにより空調が効いていて、西ホールとは比較にならないほど
涼しくて快適な環境だったんですね。
広いオープンスペースでの空調の効きを維持する技術が
この四半世紀の間で格段に向上した証し・・・と言えるものなのかはわかりませんが
サークルブースの広さといい、南に配置されたサークルさんが羨ましい限りでした。

過去40年にわたるコミケ史を振り返ると、会場の変遷もいろいろありましたが
有明のビッグサイトコミケが始まって20数年・・・この南ホールの登場は
やはり一つの「転機」として語られていくことになりそうですね。
その快適ぶりに、この先の夏コミではうちも南に配置されたい・・・と
つい思ってしまいますが、
ここ数年にわたりオリンピックに振り回された代償として(?)、
今後は従来の東西ホールも改修工事などを経て
南ホールのような快適な環境に整備しなおしてほしいものです。
そうなった暁には・・・かつて発生した「コミケ雲」のエピソードなども
遠い伝説の闇の中に消えていきそうですが(笑)。


さて夏コミが終われば、間もなく夏も終わり、秋がやってきます。
デジタルでの漫画制作もまだ不慣れな私ですが、さらにいろいろ覚えつつ
冬に向けてまた作品作りに精を出したいと思います。
posted by 松風あおば at 23:14 | 日記

2019年07月31日

京アニ放火事件

長かった梅雨曇りの空がやっと晴れて、関東もようやく梅雨明けとなりましたが、
梅雨明けと同時に、各地とも一気に猛暑に見舞われていますね。
連日のうだるような暑さに、頭がぼーっとして何もする気が起きなくなるというか、
日常生活のモチベーションを保つのも苦労していますが、
この酷暑の折、みなさんはいかがお過ごしでしょうか?


コミケ前の準備などもあって
この日記もこのところまたサボり気味になっていまして(汗)
今日で7月も終わりということで、このへんでそろそろ近況ネタでも
更新しなければというところ・・・なんですが、
実は自分自身、ここ最近は例年のこの時期に比べると
精神的に不安定というか、空虚と言うか、ふさぎ込みたくなるというか
そんな時間が多かったんで、このところ楽しい話もあまりないんですよね。
と言うのも、長く続いた梅雨空に気が滅入っていたから
とかそういうのではなく、
みなさんもすでにTVのニュース等でご存知の
今月18日に発生した「京都アニメーションの放火事件」が
あまりにもショックだったというのが原因だったりします。

漫画やアニメを(観たり描いたりすることを)趣味としている人なら
すでに説明するまでもないと思いますが、
クオリティの高いアニメ作品で知られ、日本のアニメブランドとして
海外からも高い評価を受けてきたアニメ制作会社「京都アニメーション」。
私自身もここ十数年にわたり
『涼宮ハルヒの憂鬱』、『らき☆すた』、『けいおん!』、『AIR』、『Kanon』、『CLANNAD』、
『氷菓』、『中二病でも恋がしたい!』、『たまこまーけっと』、『響け! ユーフォニアム』
・・・などなど、幾多の京アニ作品に触れ、
感動なり、笑いなり、「こんな作品描いてみたい」という衝動(?)なり、
各作品からいろいろなものを享受させてもらっていただけに、
それらの作品の制作の場である京アニスタジオが凄惨な放火現場となり、
その作り手だった多くのクリエーターのみなさんの尊い命、才能が
理不尽な形でいっぺんに失われたことに対して、悲しみや憤りを通り越して
私自身の心までぽっかり穴が開いたようになってしまってたんですね。
「小説をパクられた」などと言っていたという犯人の男も重篤な状態とのことで、
その動機は未だ霧の中という感じではありますが、
おそらく一方的な被害妄想が原因ではないかと思われる今回の事件に
現代社会に潜むある種の闇を感じざるを得ないものもあります。

人的・経済的な損失のみならず、日本のアニメ文化そのものへの打撃が
計り知れない今回の事件ですが、
一方で事件の報道を受けた国内外の多くの人たちから
哀悼や支援の声が続々と寄せられ、各国の要人や著名人までもがコメントを寄せたり
日本政府が京アニ再建への支援策の検討を表明するなど、
その反響の大きさにも驚くものがありました。
日本のアニメが一つの文化として、産業として広く世間に認知されていく過程で
京アニとそのスタッフのみなさんがこれまで果たしてきた役割、功績が
思わぬ形ながら多くの人から絶大に評価されているのを感じられたことは
こちらとしてもわずかながら救われる思いがしましたね。

こんな事件はもう二度と起きてほしくない、というのは
ファンのみならず、誰しもの願いであることは言うまでもありませんが、
今後のこういった事件への「備え」を考えていく上でも
今回の事件は社会全体がしっかりと記憶に刻んでおくべきかもしれません。
京都アニメーションがこの先再び秀作アニメ作品を生み出せる会社として再生できるよう、
一ファンとしてできることも自分なりに考えてみようというところでもありますが、
まずは、今回の事件で亡くなられた方々には心よりご冥福をお祈り申し上げ、
負傷された多くのみなさまには心よりお見舞い申し上げる次第です。


というわけで
ひさびさの日記ながら、今回は
新しい時代の幕開けに起こってしまった「京アニ放火事件」というショッキングな事件を
私自身が記憶に刻んでおくための日記とさせていただきました。

夏コミ(コミックマーケット96)参加の告知等は次回にさせていただく予定です。
posted by 松風あおば at 19:17 | 日記

2019年06月26日

お絵描き(世話やきキツネの仙狐さん)

デジタル(液タブ・クリスタ)でのお絵描き練習中の私・松風です。
今は線の太さや色などあれこれ試しながら好きな二次キャラを描いていたりしますが
たまには描いたものでも晒そうか・・・というわけで今回は
現在アニメ放映中の『世話やきキツネの仙狐さん』の仙狐(せんこ)さんとシロさんです(↓)。

仙狐さん.jpg

満身創痍のサラリーマン・中野を存分に甘やかすためにやってきた神使の狐・仙狐さん。
アニメの仙狐さんかわいくて、こっちも癒されます。

仙狐さん私も一匹欲しい、モフりたい・・・じゃなくて(汗)、
うちにもやってきて私も甘やかしてほしいです(笑)。
posted by 松風あおば at 01:35 | 日記

2019年06月08日

関西コミティア55 ありがとうございました〜。

関西コミティア55.JPG CIMG0081.JPG

すでに2週間近く前の話で恐縮なんですが、
先月末の5月26日は「関西コミティア55」にサークル参加してまいりました。

5月の関西コミティアにはここ2年ほど、関西旅行も兼ねて
一般参加(水瀬のサークル「LavenderBlue」の手伝い参加)しておりましたが
当サークル「虹の卵」としてサークル参加するのは今回が初めてで
またうちとしては初の地方イベントへのサークル参加ということもあり
個人的に今回はいろいろ記念すべきイベントとなりました。

初めて表紙・本文ともデジタルで作成した
新刊(と言っても今回は薄っっい本でしたが)をなんとか間に合わせたものの
これと合わせて販売する既刊本(『てつもえT』〜『てつもえW』)を
事前に送っておくのをうっかり忘れてしまったため
前日は旅行グッズとともに重い荷物を抱えて関西に乗り込む羽目になるとか(汗)、
準備段階から要領の悪さ丸出しでかなりバタバタしたりもしてたんですが、
うちにとってはアウェーの地(?)であるにもかかわらず
当日はそこそこ多くの方にサークル席に立ち寄っていただき
汗水たらして持ち込んだ既刊本もほぼ完売して本当に感謝感激でした。
今回お越しいただいたみなさんのほとんどは
当サークルの作品を初めてご覧くださった方々だったかと思いますが、
今回の関西コミティアでのご縁を大変うれしく思っております。
今後とも当サークル「虹の卵」、そして当「創作漫画サークル「虹の卵」のホームページ」を
何卒よろしくお願いします。


ということで、
今回の「関西コミティア55」参加をここでもう一度簡単に振り返ってみたいと思います。

同人活動歴20年・・・といっても、
東京以外の同人イベントへのサークル参加は初めてで
行く前からワクワク感一杯だった今回の関西コミティア参加。
鉄ちゃんである私・松風の鉄道旅行も兼ねた(?)サークル参加の旅はその前日から始まります。

私の住む横浜から大阪までの移動はもちろん新幹線・・・と言いたいところなんですが・・・

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(↑)今回は新幹線は名古屋で降り、名古屋からは近鉄特急で大阪に向かいます。
  旅行グッズに既刊本の詰まったリュックとカバンと両手に持っていても
  今回どうしても乗りたかった近鉄特急「アーバンライナー」。
  この鉄ちゃんの性だけはどうにもなりません(苦笑)。

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(↑)近鉄名古屋から大阪難波までの所要時間は2時間ちょっと。
  三重県の山間部から奈良、大阪へと駆け抜ける近鉄特急での関西入りは
  新幹線とは一味も二味も違う別の魅力がありました。

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(↑)大阪難波に着いた後は、やっぱり関西の秋葉原、日本橋オタロードへ。
  オタク文化の活気は東京に負けていない大阪です(笑)。

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(↑)大阪ミナミのシンボルといえばやっぱり通天閣・・・と言いたいところなんですが、
  周囲に高層ビルが立ち並ぶ今の大阪ではやや存在感が薄れてしまった感じでしょうか?
  
  
25日の夜は弁天町のホテルに宿泊。
そして翌26日はいよいよ「関西コミティア」です。
朝のサークル入場時間帯に合わせ会場の「インテックス大阪」に向かいますが
あまりに荷物が重かったため今回はホテルからタクシーで会場に直接向かいました。
コミケ時にビッグサイトに直接タクシーで乗り込む
地方から参加のサークルさんの苦労が今回はよくわかりましたよ(笑)。

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(↑)タクシー移動はやっぱり楽でした(笑)。
  タクシーを降りればそこは関西最大のイベント会場「インテックス大阪」。
  1年ぶりに仰ぎ見るかまぼこ型のドームです。

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(↑)関西コミティア会場は、昨年、一昨年と同じ
  インテックスプラザ(かまぼこ型ドーム内)に入って右手奥の2号館。
  その手前にはすでに一般参加者の待機列が出来ていました。

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(↑)カタログ『ティアズマガジンかんさい』を購入。
  毎回東京コミティアの『ティアズマガジン』と同じような構成ながら、雰囲気的にはどこか趣が違います。

関西コミティア自体はすでに3度目の参加なのでもう慣れている、
といっても、今回は自分もサークル参加の身・・・
会場に入れば自分のサークルスペースの設営をしなければなりません
(・・・ということで、今回はあまり写真が無くてすみません(苦笑))。
合体申込みで今回も隣接する「LavenderBlue」の水瀬(今回が関西3度目のサークル参加)に
いろいろ協力してもらいながら、荷物を開封したり見本誌を並べたりと準備を整え、
11時の一般入場開始を待ちます。
サークル参加はやっぱり一般参加には無い独特の緊張感がありますね。

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(↑)そして11時になり一般入場が始まると、会場内は一気ににぎやかになりました。

地方コミティアとしては最大規模で、毎年盛況の5月の関西コミティア・・・なんですが
圧倒的な規模の東京のコミティアとはやはり何かが違うといいますか、
どこかアットホームでゆったりした空気も流れていて
会場内の雰囲気はなんともちょうどいい居心地の良さを感じます。
そのあたりが私自身毎年ここに来るようになった理由でもあるんですが
今回はサークル参加ですので、そんなのんびりしたことも言っていられません(汗)。

サークル席でみなさんのお越しを神妙な面持ちで(?)待つこと数時間・・・

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(↑)初めてのイベントながら、そこそこ多くの方に来ていただけてホッとしました。
  おかげさまで午後には持ち込んだ既刊本もほぼ売り切れ、汗水たらして持ち込んだ努力も報われました(笑)。
  (右は今回の新刊『てつもえ〜ミニ番外編 FUJISAN〜』)

会場内をじっくり回って他のサークルさんの作品を楽しむ時間こそあまりありませんでしたが
やはり自分の作品を通じて多くのみなさんと交流を持てるのがサークル参加の醍醐味と言えましょうか。
今まで(一般参加)とは違う形で大いに楽しめた今年の5月関西コミティアでした。
多くのみなさんに感謝しつつ、また来年もサークル参加しに来たいと思います。

かさねがさね、
今回お越し下さったみなさま、ありがとうございました。


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(↑)各誌の編集者の人に作品を見てもらえる「出張編集部」は関西コミティアでも盛況のようです。
  それぞれの出展ブースに各誌掲載作品の単行本なども展示されているので
  私などは(一般参加の時は)商業誌見本誌コーナーとして利用させてもらってます。

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(↑)『聖☆おにいさん』・・・実写化したって話は聞いてましたけど
   なんとこの秋に映画化するんですね(写真は講談社『モーニング』の出張ブース)。
   これはぜひ観てみたいところです。・・・が
   松山ケンイチのイエス・・・神様というよりただのズボラそうな兄ちゃんにしか見えません(苦笑)。
posted by 松風あおば at 08:30 | 日記

2019年04月30日

春の小湊鉄道の旅(2)

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平成時代もいよいよ終わり。令和時代の幕明けを目前にして、
10連休という超大型連休のGWがすでに始まっていますが、みなさんはいかがお過ごしでしょうか?

私・松風は、今は5月の新刊の原稿真っ最中・・・なんですが、
今シーズンは好スタートを切ったはずの横浜DeNAベイスターズがまさかの10連敗とかしてくれたおかげで
こちらのモチベーションもこのところ下降気味だったもので・・・
このサークルブログを更新するのもすっかり忘れていましたよ(汗)。

というわけで(?)、ここは気を取り直して平成最後の当サークル日記です。
今回は前々回の日記の続き、先月末に千葉県の小湊鉄道に乗りに行ったというお話の続きです。



古き良き時代の面影を色濃く残す、房総半島内陸部を走る小湊鉄道。
その起点駅である五井からキハ200形気動車に揺られ、
途中の海士有木駅、上総牛久駅で途中下車した話などを前々回していましたが、
その上総牛久からは再び列車に乗り、さらに内陸部へと進みます。

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(↑)上総牛久以降は列車の本数が急減する小湊鉄道。
  この区間に入るとやはり車窓から見える民家の数もまばらになり、
  車窓の風景も次第に自然豊かな風景に変わっていきます。

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(↑)上総牛久の次は、上総鶴舞駅で降りてみました。
  この駅は「関東の駅百選」にも選ばれている駅で、実は鉄ちゃん以外にも結構有名な駅だったりします。

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(↑)乗ってきた列車を見送り、上総鶴舞駅のホームから周辺を見渡します。
  駅の周囲は道路沿いに民家や商店がわずかに見える他は見渡す限りの田園風景。
  いよいよ旅情をそそる風景になってきました。

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(↑)線路を挟んだ反対側にも1面2線の島式ホームと側線が残っていますが、現在は使用されていません。
  島式ホームの向こうにはかつて発電所として使われていた建物(旧鶴舞発電所)も残っていて
  そこではワゴンカーの「鶴舞駅cafe」(金・土・日・月曜営業)が営業しています。

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(↑)上総鶴舞駅の駅舎です。
  ここも海士有木駅や上総牛久駅と同様、大正時代の開業当時からの木造駅舎が現役で
  2017年(平成29年)に国の登録有形文化財に指定されています。

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(↑)駅舎内部(待合室や改札口)の構造も他の古い駅とよく似ていて、   
  昔のローカル駅の特徴や雰囲気がそのままに残されています。

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(↑)この駅もかつては有人駅でしたが、1998年(平成10年)頃からは無人駅となっています。
  かつての駅事務室内をのぞくと古めかしい木の机やブラウン管テレビなどが残されていましたが
  やはり人の気配はありませんでした。

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(↑)この駅はその無人化後に「関東の駅百選」に選ばれています。
  選定理由は
  「大正時代の開設当初の瓦葺屋根の駅舎で、田園地帯にマッチした桜の名所にもなっている駅」
  だから・・・とのこと。
  選ばれる要素としては、駅舎だけじゃなくて周りの景観とのバランスも重要なんですね。

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(↑)そんな百選に選ばれた上総鶴舞駅ですが、この駅はこれまで
  さまざまな映画やドラマ、CMなどのロケ地としても使われて来ました。  
  名だたる俳優たちがこの駅に降り立って、さまざまなシーンの撮影に臨んでいたかと思うと
  なかなか感慨深いものがあります。

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(↑)お昼時に差し掛かりましたので、この駅のベンチで昼食をとることにしました。  
  昼食は五井駅の小湊鉄道改札口付近で朝の時間帯に売っている名物駅弁「房総ちらし」(500円)。
  素朴なちらし寿司ながら具材はそこそこ豊富で、房総の春を思わせる彩りが美しいです。
  お味の方も、具材の味付けと酢飯の酸味がほどよい優しい味でとても気に入りました。

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(↑)昼食を終え、再びホームに戻ると・・・
  どこから現れたのか? 数人の人がカメラを構えて線路の先を凝視しています。
  間もなくして上総中野方面から列車がやってきました。一瞬おなじみのキハ200形かと思いきや・・・?

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(↑)やってきたのはトロッコ列車!?
  小湊鉄道の名物イベント列車の「里山トロッコ」号です。
  その昔この路線で活躍した蒸気機関車をモチーフにした、クリーンディーゼルを搭載した
  SL風機関車に押されたトロッコ列車がゆっくりと上総鶴舞駅を通過していきました。

さて、駅の風景ばかりでは少々飽きるので、
小湊鉄道の線路沿いも散策してみることにします。
次の上総中野行きの列車が来るまでまだ時間がたっぷりあり
上総鶴舞駅から次の上総久保駅までは大した距離でもないので、
思い切ってこの一駅分は線路沿いを歩いてみることにしました。

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(↑)駅から少し歩いたところにある田んぼの中の踏切です。
  田舎ではおなじみ(?)の踏切警標だけの遮断機も警報機もない、いわゆる「第4種踏切」ですが
  ここは列車の本数が少なく周囲の見通しもいいので、これで十分かもしれません。

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(↑)見通しがいいこの辺りは撮影ポイントとしても最適。
  時刻表を確認すると、先ほど上総鶴舞駅を通過していったトロッコ列車が上総牛久で折り返し
  今度は養老渓谷行きとなって再びやって来る・・・ということで
  それを待ってみることにしました。

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(↑)列車を待つ時間は、少々退屈・・・なんですが、ふと周りの地面を見渡すと
  菜の花のほか、オオイヌノフグリ、つくしなどが一斉に春の訪れを告げていました。
  自然の大地の息吹を肌で感じる優雅なひと時がそこにはありました。

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(↑)しばらくすると、「里山トロッコ」号が今度は上総牛久方面からやってきました。
  SLじゃない「SL風機関車」・・・とはいえ、やはり機関車が先頭の方が絵になりますね。

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(↑)列車に乗りながらにして、春の田園の風を満喫できるトロッコ列車・・・
  乗客のみなさんも楽しそうでした。私も機会あれば乗りたいです。

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(↑)少し場所を変えて、もう1本列車を撮ることにします。
  畑と線路の間の小道を少し進むと、線路が切り通しに向かって下り勾配になる所があり
  今度はそこで上総中野方面から来る列車を待つことにしました。

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(↑)キハ200形気動車がやってきました。2両編成のツートンカラーの車体が
  濃淡のコントラストのある緑の中にちょうどいい感じに収まりました。
  右の写真もバックショットですが、なかなかいい感じにまとまった気がします。

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(↑)この後は、おおよそ線路に並行する道を辿り、上総久保駅を目指します。
  養老川の支流を跨ぐこの辺りは民家がほとんどなく、人や車の通りもほとんどないので
  一人で歩いているとかなり心細くなるものがありますが、
  周囲に人工物がほとんど無い分、小湊鉄道の撮影にはなかなか好条件な場所が多いです。

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(↑)時々横切る踏切はやはり遮断機も警報機もない第4種踏切。
  列車の本数こそ少ないですがやはり油断は禁物。左右をよく見て注意して渡りましょう。

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(↑)上総鶴舞駅から2kmほど歩いたでしょうか。ようやく上総久保駅に近づいてきました。
  
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(↑)上総久保駅に着きました。途中道に迷わなくてなによりでした(笑)。

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(↑)上総久保駅はシンプルな1面1線の無人駅。待合所がホーム上にあるのみで駅舎はありません。
  駅の周辺は一面の田んぼ。私以外誰もいない小駅のホームには小鳥のさえずりだけが聞こえてきます。

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(↑)ここも駅の周囲を取り囲むように菜の花が満開に咲き乱れていました。
  列車が来るまでのしばしの時間、房総の春を彩る一面の菜の花に心を癒されるのも良いものです。

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(↑)上総久保駅にはもう一つ「名物」と呼べるものがあります。
  それは駅に寄り添うようにホームの背後にそびえ立つ高さ20mの銀杏(イチョウ)の大木。
  葉をつけていない今の時期はやや存在感が薄いですが、夏には葉が茂り
  秋にはその葉が見事に黄色く色づくそうで、これを見にわざわざ訪れる観光客も多いんだとか。
  春は菜の花、秋は大銀杏がこの駅に彩りを添えるんですね。

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(↑)しばらくすると五井方面から下り列車がやってきました。再びキハ200形に揺られて先へ進みます。

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(↑)この先はさらに沿線人口が少ない区間に入ります。そのため列車の本数も少なくなるわけですが、
  車内を見た感じでも上総牛久までと比べるとかなり乗客が少ない印象です。
  車窓から見える民家もさらに少なくなってきました。

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(↑)列車は里見駅に到着。里見は上総牛久〜上総中野間で唯一列車交換が可能な駅です。
  この時も列車交換のためしばし停車するとのことで、一旦列車を降りてみます。

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(↑)上り列車との交換を待つ上総中野行きキハ200形。
  それを横目に駅長さんらしき人が何かを持って反対側のホームへと構内踏切を渡っていきます。

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(↑)しばらくすると上り列車がやってきました。
  先ほど上総鶴舞駅近くで見送った「里山トロッコ」号の折り返し便です。

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(↑)駅長さんが持っていた「何か」は、上総牛久駅で見たものと同じ・・・票券閉塞式の通票タブレットでした。
  上り列車の運転士に通票を渡して列車交換は完了です。

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(↑)トロッコ列車を見送った後は、こちらも上総中野行きの列車に戻ってさらに先に進みます。
  
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(↑)養老渓谷の一つ前の駅、上総大久保駅です。今度はここで降りることにしました。
  山の中にある1面1線の駅で、駅から少し離れたところに集落がありますが
  駅周辺は民家が一軒も見当たりません。「秘境駅」の雰囲気満点の駅なんですね。

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(↑)もちろんここも無人駅で、駅舎は無く、待合所がホーム上にあります。
  この駅の待合所の壁に描かれているトトロの絵が結構有名なんですが、
  駅周辺の佇まいが本当にトトロでもいそうな雰囲気なので、これがまた絶妙ににマッチしています(笑)。

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(↑)「かずさおゝくぼ」なのか「かづさおおくぼ」なのか? 正確にはどっちなんでしょうか?

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(↑)駅ホームの入口は実にシンプルです。・・・が、駅前にはなんとトイレが2つもありました。
  古いトイレ(左下)と新しいトイレ(右下)が併存しているようです。
  私はもちろん(?)新しい方を使用させていただきましたが。

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(↑)ここの駅前道路の両脇も黄色い菜の花でいっぱいでした。
  実はこの駅のホーム裏手の木々は桜の木で、この駅は桜の名所でもあるんです。
  が、この時はまだ桜の方はつぼみの状態。この10日後には桜も満開になってたはずで、
  今年もその頃には多くの人がここを訪れたんじゃないかと思いますが、
  私としてはこの時点で菜の花を存分に見られただけで十分満足でした。

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(↑)駅のすぐ近くの踏切を渡って、反対側から上総大久保駅を見てみます。
  谷状の地形を挟む形なので、反対側から駅のホームが一望できます。
  山間の小駅の佇まいは、列車がいなくてもなんとも絵になります。
  
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(↑)上総中野方面から上り列車がやってきました。
  房総の里山の風景にはキハ200形のツートンカラーが実によく似合うと、しみじみ思います(笑)。
  列車が再び動き出し森の陰に消えても、しばらくは鈍いディーゼル音が里山に響き渡っていました。

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(↑)列車が過ぎ去ると再び駅周辺は静寂に包まれますが、その静寂は何とも心地よく
  その中にただ一人身を置いていると時間が過ぎるのも忘れそうになります。
  周囲に人工物のほとんどない上総大久保駅は夜の風景もまた美しいそうなんですが・・・
  さすがに夜にここに来るのはちょっと怖いものがありますね(苦笑)。

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(↑)駅に戻ってしばらくすると、下り列車がやってきました。
  列車は養老渓谷行き。次の駅が終点なのでとりあえず私もあと一駅進むことにします。
  
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(↑)終点・養老渓谷駅に到着。 
  ここは千葉県内陸部の観光地・養老渓谷(養老渓谷温泉)への玄関口の駅です。
  小湊鉄道の終点はさらにもう一駅先の上総中野駅なんですが、
  この養老渓谷止まりの列車も多く、上総中野まで行く列車は1日に5本しかありません。
  あと1時間ほど待てば次の上総中野行きの列車に乗れて、めでたく全線完乗・・・だったんですが、
  この日は既に夕刻に差し掛かっていたため、ここで折り返すことにしました。
  また近いうちに取材も兼ねて「いすみ鉄道」にも乗りに来る予定なので
  上総中野駅はその時にも改めて訪れたいと思います。


と、いうわけで、
今回はちょっと慌ただしい小湊鉄道の1日乗り鉄旅だったんですが、
古き良き時代の面影を存分に残すローカル鉄道、その沿線の里山の春の風景・・・
一つの鉄道をいろいろな側面からとことん楽しめた一日でした。
東京都心からも近い房総半島の中西部に、こんなのどかな風景があって
こんなノスタルジックな鉄道が走っているのをみなさんはご存知でしたでしょうか?

今回撮った写真や得た知識などは
今後のうちの漫画作品『てつもえ』の資料としても大いに使う予定ですので
今後は作中にて、改めてみなさんにこの小湊鉄道の魅力を伝えられたらと思っています。

また、もう一つの房総内陸鉄道・いすみ鉄道についても、
取材乗り鉄旅が完了次第またここでレポートしたいと思います。
今後の当ブログ、そして当サークル作品(『てつもえ』)もご期待頂ければ幸いです。
posted by 松風あおば at 23:58 | 日記