2020年09月04日

福知山線旧線跡(武田尾)を歩く(3)

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兵庫県の尼崎と京都府の福知山を結ぶJR福知山線・・・
1980年代に単線非電化のひなびたローカル線から
複線電化の一大幹線へと変貌したこの路線ですが
その過程において
新たに掘られたトンネルを経由する新線に切り替わる形で
廃線となった区間(生瀬〜道場間)があり
その旧線跡の探索をしに現在の武田尾駅周辺までやってきた
・・・という話の続きです。


武庫川の渓谷を跨ぐトンネルとトンネルに挟まれた
橋梁上に造られた現在の武田尾駅から
旧線時代の武田尾駅があった場所までやってきましたが
その先には武庫川渓谷沿いのかつての旧線の線路跡を
ハイキングコースとして整備した遊歩道があります。

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(↑)現在は駐車場となっている旧・武田尾駅跡をさらに少し行くと
  武庫川の支流の僧川との合流地点に差し掛かりますが
  そこに架かる僧川橋梁がハイキングコースの入口になっています。
  この橋も鉄道時代の橋梁の桁が再利用されているそうなんですが、
  この付近一帯の河川改修工事により
  原型をとどめない程に改修されてしまっているため
  ここには鉄道時代の面影はありません。
 
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(↑)ここから武庫川沿いに4.7kmの旧線跡が
  ハイキングコースとして整備されているんですね。

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(↑)入口付近には「注意事項」が掲げられていました。
  廃線跡ハイキングコースの土地の所有者は今もJR西日本。
  実はこの廃線跡・・・旧線廃止後しばらくは立入禁止だったんですね。
  しかし武庫川渓谷沿いのこの区間は
  鉄道時代から知られた風光明媚な場所だったことで
  立入禁止にもかかわらずハイキングに訪れる人が後を絶たなかったため
  行政(宝塚市)の指導の下、一定の安全対策を施した上で
  2016年に正式な遊歩道として整備されるに至ったんです。
  正式な遊歩道となった今も
  安全確保はあくまで「自己責任」ということが強調されていました。 

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(↑)ハイキングコースには旧線の線路の枕木がそのまま残されています。
  少し歩きにくいんですが、枕木を踏みしめると
  鉄道の廃線跡を歩いているなという実感が沸いてきます。

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(↑)木々の新緑がまぶしい5月の渓谷の廃線線路跡・・・
  汗ばむような陽気ながら川べりの風は涼しく、なんとも心地よかったです。

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(↑)武庫川の上流側を振り返ってみると
  今しがた歩いてきた旧・武田尾駅跡(駐車場)や
  現在の福知山線の橋梁上を走る電車(207系)が見えました。
  武田尾駅からはすでに800mほど下流側に来ています。

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(↑)ひたすら武庫川渓谷東岸の線路跡を歩きます。
  30数年前まではここを福知山線の列車が駆け抜けていたのかと思うと
  鉄ちゃんとしてはやっぱりワクワクしてきますね(笑)。

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(↑)最初のトンネルに差し掛かりました。長尾山第3トンネル(91m)です。
  野石乱積み側壁、レンガ長手積みアーチ構造が美しい
  明治時代のトンネルですが、廃線となった今も
  暗闇の向こうから列車が来るような錯覚を覚えます。

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(↑)トンネル内は照明が無いので暗いです。
  1899年(明治32年)の開業から1986年(昭和61年)の廃線までの87年間
  毎日列車が行き来したトンネルの壁面や天井は
  蒸気機関車やディーゼル車の煤煙で黒く煤けていました。

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(↑)懐中電灯は必須なんですが、うっかり持参し忘れた私は
  スマホのライトで足元を照らしながらなんとか進みました。
  真っ暗闇の中を歩き出口まで来ると、やっぱりホッとしますね。

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(↑)この日は平日の月曜日ながら、
  絶好のハイキング日和のためかハイカーもそこそこいました。
  ここが鉄道の廃線跡であるということは
  多くの人は特に関心無さそうでしたが(苦笑)。

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(↑)2つ目のトンネル、長尾山第2トンネル(149m)です。
  最初のトンネルより長いトンネルですが、
  ほぼ直線トンネルなので入口から出口側の坑口の光が見えます。

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(↑)長尾山第2トンネルと抜けると「親水広場」という広場に出ます。
  川沿いにはベンチが並んでいて
  大勢のハイカーたちがお弁当などを広げてくつろいでいました。

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  その山側には階段がありました。
  ここを登った先には「桜の園 亦楽(えきらく)山荘」と呼ばれる
  多くの桜の木が植樹されているエリアがあり、
  さらにその先には標高552mの大峰山への登山道が続いているとのこと。

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(↑)「亦楽山荘」は笹部新太郎氏なる人物が1912年(明治45年)に
  桜の品種改良や接ぎ木などの研究のために拓いた演習林で
  そこは全国から集められたヤマザクラやサトザクラが30種、
  5,000本以上も植えられた場所だったんだとか。
  1999年(平成11年)に宝塚市が
  里山公園「桜の園 亦楽山荘」として再整備したそうで
  今は福知山線の廃線跡ハイキングコースとセットで観光地化しているようです。

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(↑)親水広場からさらに先に進みます。
  しばらくすると視界の開けた場所に出ますが
  このあたりは「展望広場」と呼ばれているようです。

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(↑)「展望広場」と呼ばれるだけあってとてもいい景色です。
  武庫川がカーブするこの辺りは急流地帯でもあり
  「マキノ瀬」とも呼ばれているそうです。

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(↑)緑なす山々とその狭間の渓谷を滔々と流れる川・・・
  まさに深山幽谷の真っ只中という感じですが、
  かつてはこれが鉄道の車窓風景だったんですね。
 
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(↑)渓谷を跨ぐ神戸水道の送水橋が見えてきました。
  武田尾駅付近にもありましたが、こちらもかなり歴史ある構造物のようです。

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(↑)長尾山第1トンネル(306.8m)に差し掛かります。
  これも野石乱積み側壁、レンガ長手積みアーチ構造のトンネルで
  美しく保存されていますが、300mとなると結構長いですね(汗)。

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(↑)トンネルの暗闇を抜けると・・・

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(↑)武庫川に架かる鉄橋に出ました。旧・第二武庫川橋梁です。
  現存するこの橋梁は、1954年(昭和29年)に架け替えられた
  トラス橋(単線下路曲弦分格ワーレントラス橋)で橋長は72mとのこと。
  かつて列車が往来していた渓谷の鉄橋は長年の風雪に耐えながら
  今なお無骨にも美しい、均整のとれたその姿を保っていました。

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(↑)ハイキングコースとなった今は鉄橋上に
  木製の人道橋が設けられていますが・・・

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(↑)まだここが立入禁止だった頃
  (にもかかわらずハイカーが訪れていた頃)は
  ハイカーはこの鉄橋の端のわずかな通路を渡っていたんだとか。
  景色はいいんですけど、みなさんおっかないことしてたんですね(汗)。

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(↑)鉄橋を渡ると、すぐにまたトンネルに差し掛かります。
  溝滝尾トンネル(151m)です。

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(↑)溝滝尾トンネルを抜けた先もまだまだ線路跡の遊歩道が続きますが
  この先は武庫川の西岸になりますので、進行方向左側が川となります。

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(↑)撤去された枕木が集積されていました。
  この先何らかの用途で再利用されることはあるんでしょうか?

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(↑)旧線時代のキロポスト
  (「24」は福知山線の起点である尼崎駅から24q地点を示す表示)や
  列車の速度制限標識も残っていました。
  朽ち果てつつも今も列車が来るのを待ち続けているかのように見えます。

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(↑)この辺りは渓谷がさらに狭まります。
  流紋岩と思われる岩がゴツゴツしている武庫川のこの一帯は
  溝滝(雄滝・雌滝)と呼ばれているそうですが、
  ここに鉄道の線路を通すに当たって  
  崖と渓谷に挟まれた狭い空間に軌道敷を確保するのは
  かなりの難工事だったんじゃないかとも思えますね。

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(↑)次のトンネルが見えてきました。
  北山第2トンネルです。長さ412.7mと
  この廃線跡ハイキングコースでは最も長いトンネルです。

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(↑)もちろんここも「トンネル内は照明無し」です。
  しばらく進むとカーブに差し掛かり真っ暗闇に突入します。
  ここもスマホのライトを照らしつつなんとか突破しました(苦笑)。

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(↑)トンネルを抜けると再び美しい渓谷が姿を現します。
  この辺りの山河は鉄道時代とほとんど変わっていないと思いますが
  鉄ちゃんとしてはつい「列車でここを通ってみたかったな」と思ってしまいますね。

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(↑)所々に錆び付いたかつての速度制限標識が残っています。
  これらは鉄道時代の面影を残すべく
  あえて撤去せずに残してあるのかもしれませんが、
  残された標識をいくつか見た感じでは
  この付近は55q〜60q/h程度が制限速度だったようですね。
  かつて大阪と丹波地方、山陰地方を結んだ
  特急「まつかぜ」、急行「丹波」、急行「だいせん」などの優等列車も
  この標識を横目にここでは速度を落としつつ走っていたんでしょうか。
  
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(↑)鉄道時代の待避所と思われる遺構は
  今は見晴らしの良い展望台になっていました。
  「鉄路錆びて 山河あり」
  往時の鉄道に想いを馳せつつ渓谷の景色を眺めていると
  なにかと郷愁に浸ってしまいます。

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(↑)廃線跡はまだまだ続きます。
  ハイキングコース入口の僧川橋梁からはすでに4q程度歩いたでしょうか。
  あと一息です。

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(↑)武田尾側からの廃線跡ハイキングでは最後のトンネルとなる
  北山第1トンネル(318.4m)まで来ました。
  長さ的には北山第2トンネルに次ぐ長さですが
  ここまで来るとトンネルの暗闇にもいよいよ慣れてきたという感じです(笑)。

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(↑)北山第1トンネルを抜け、トンネルを振り返って見ると・・・
  生瀬側の坑口の右側、武庫川との間に不思議な空間があることに気付きます。
  これは・・・いわば「旧線の旧線(旧旧線)跡」。
  福知山線のこの区間の開業が1899年(明治32年)であるのに対し
  このトンネルの竣工が1923年(大正12年)という事実に気が付くとわかるんですが、
  開業からこのトンネル完成までの24年間は
  実はこのトンネルの外側の川沿いに線路があったんですね。
  鉄道路線の歴史は細かく紐解くと結構複雑な成り立ちなのがわかります。

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(↑)さらに線路跡を進み、名塩川の橋梁を渡ると・・・

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(↑)急に視界が開け、住宅群とともに中国自動車道の高架が見えてきました。
  いよいよ廃線跡ハイキングコースの終点です。

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(↑)こちら側の入口にもハイキングコースの注意書きが・・・。
  ここ生瀬側から武田尾側へと歩くハイカーも多いようですが、
  こちらにはツキノワグマに出くわした時の注意事項までありました(汗)。

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(↑)武庫川渓谷の名所案内まであります。  
  福知山線旧線跡(廃線敷)の説明もコンパクトにされてますね。

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(↑)かつては生瀬駅まで線路が繋がっていたわけですが
  この先の廃線跡はこの一帯の再開発工事で既に分断されてしまったようで
  その痕跡は明確には残っていません。

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(↑)ハイカー向けの仮設トイレが設置されています。
  武田尾側も入口の僧川橋梁の手前に公衆トイレがありましたが
  ハイキングコース内はトイレがありませんので注意が必要です。

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(↑)ここからは一般道へ出て生瀬駅へと向かいます。
  この一帯は今も再開発の途上なのか、
  道路が付け替えられたり拡張されたりしているようで
  あちこちに工事フェンスが立っていました。
  生瀬駅までの道は途中歩道が非常に狭くなるので
  正直かなり歩きにくいです。
  その隣駅の西宮名塩駅へ向かう道の方が
  距離は少し長くなるものの歩きやすいようですね。
  
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(↑)生瀬駅近くまでやってきました。
  再び現在の福知山線の線路が目の前に現れます。

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(↑)ここがかつての旧線と現路線との分かれ目のようですね。
  旧線はここから何か所かのトンネルを経て
  今歩いてきたハイキングコースである
  武庫川渓谷沿いへと延びていたようです。

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(↑)やっとのことで生瀬駅に到着です。
  武田尾駅からは延べ7q程度は歩いたでしょうか。
  結構心地よい疲れを感じました。

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(↑)生瀬駅は旧線時代から場所は変わっていませんが
  福知山線が複線電化されて久しい今は駅周辺の住宅地化が進んだようで
  すっかり都市部郊外の駅という感じになっていました。
  かつての旧線時代の面影はここにはもうほとんど残っていないようです。


1980年代の関西都市圏の都市化の波と人口急増の流れの中で、
大量輸送とスピードアップの需要に応えるべく
急速な進化を遂げた福知山線。
しかしその発展の陰で切り捨てられてしまった
こんな美しい渓谷沿いの区間があったんですね。
本来なら時の流れとともに、そこに鉄道が走っていたことすら
忘れ去られていくところだったその線路跡は
幸いにもその風光明媚さから
ハイキングコースとしての第2の人生を歩み始めていました。

鉄ちゃんとしては
かつてそこを走り抜けていた列車に想いを馳せ・・・
ハイカーとしては
かつては車窓の風景だった武庫川渓谷の景色を
川風を肌に感じつつ歩きながら楽しみ・・・
そんな感じで
私としてもいろいろな視点から楽しめるスポットでしたね。


今はコロナのせいで
地方イベントへの遠征すらなかなか出来ないのが悲しいところですが、
また関西での同人イベント参加とセットに
(できれば今度は季節を変えて)再び武田尾を訪れてみたいところです。
posted by 松風あおば at 23:52 | 日記

2020年08月29日

続けコミティア 〜COMITIA開催継続支援プロジェクト〜

今日は・・・すみません(汗)、
前回の続きの福知山線旧線跡の話ではなく、コミティアの話題です
(武田尾の話の続きはまた次回とさせていただきます)。


うち(サークル「虹の卵」)が20年来お世話になっている
一次創作同人イベント(自主制作漫画誌展示即売会)の「COMITIA(コミティア)」。
そのコミティアが今、新型コロナウイルス流行の影響による
イベントの開催中止と規模縮小で存続の危機に瀕しているという話は
ここでも何度か取り上げていたかと思いますが、
その主催者(コミティア実行委員会)が
この苦境を乗り越えるため先月から呼びかけていた
開催継続のための支援を募るクラウドファンディングが
昨日(8月28日)より始動しています(↓)。

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https://motion-gallery.net/projects/comitia

具体的には、個人・法人を対象に、
クラウドファンディング限定のグッズやサービスをリターンとした
千円〜百万円までの各種コースが用意され、
支援者はその中から希望のコースを選び
そのコースごとに設定された金額を出資するというもので、
目標金額は3,000万円とのことだったんですが、
28日の開始とともに大勢の個人・団体より続々と支援が寄せられ
わずか数時間たらずでその目標金額に到達したようですね(驚)。

私・松風も昨夕、某コースの申し込みを済ませ
微々たるものながら早速支援の輪に加わらせていただきましたが、
私が参加した時点で集まっていた金額は
すでに目標額の2倍近くに達していて、
その支援の動きの予想以上の勢いにさすがにビックリしました(汗)。
その後もさらに続々と支援が寄せられているようですが、
コミティアがいかに多くの人に愛され、その存続が熱望されているかを
改めて知らされる機会にもなりましたね。


自らの作品の発表の場、
多くの読者のみなさんや他のサークル・作家さんとの交流の場、
さらなる創作意欲を掻き立てられ、元気と活力をもらえる場として
長年にわたり恩恵を受けてきた私としても
コミティアにはなんとか踏ん張ってほしいところですが、
今はコロナの流行の収束と
これまでのようなコミティアを開催できる日が一日も早く来ることを
かさねがさね願うばかりです。
posted by 松風あおば at 01:05 | 日記

2020年08月27日

福知山線旧線跡(武田尾)を歩く(2)

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1980年代に、ひなびたローカル線から一躍
関西都市圏の一大幹線へと大きく変貌を遂げた
兵庫県の尼崎と京都府の福知山を結ぶJR福知山線。
単線非電化路線から複線電化路線へと進化する過程において
新たに掘られたトンネルを経由する新線に切り替わる形で
廃線となった区間(生瀬〜道場間)があり、
その旧線跡の探索をしに現在の武田尾駅までやってきた
・・・という話を前回始めていたかと思いますが、
今回はその続きの話です。

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武庫川の渓谷を跨ぐ
トンネルとトンネルに挟まれた橋梁上に造られた
現在の武田尾駅・・・
その駅前通りとなっている道路こそがかつての旧線跡であり
旧線時代の武田尾駅は現在の駅から
武庫川の下流方向へ350mほど離れた場所にあった
という話は、すでに前回もしていたかと思います。

というわけで
まずは旧・武田尾駅の跡へと向かいますが・・・
今回はちょっと遠回りして
現在の駅前道路ではなく、かつての旧線時代のメインストリートを経由して
旧駅跡まで行ってみることにしました。

どういうことか? と申しますと・・・(↓)

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略地図を見て分かるかと思うんですが
現在の駅前通りが福知山線旧線の線路だった時代は、
今の武田尾駅の駅舎側から見て川の対岸の道路が
旧・武田尾駅と数軒の温泉旅館が立ち並ぶ武田尾温泉郷とを結ぶ
メインストリートだったんですね。
旧・武田尾駅前にあったという対岸の道路へと渡る
「温泉橋」という橋は今も現役の橋として存在しているので
対岸の道路からも旧駅跡に行ける・・・ということで
今回は往時を偲んで(?)あえて対岸を経由して
旧・武田尾駅跡を目指すことにしたんです(↓)。

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(↑)というわけで、まずは旧・武田尾駅とは逆方向に向かって進みます。
  しばらくすると旧線時代の鉄道トンネルを転用したトンネルに差し掛かりますが、
  今もその先で工事をしているらしく、ダンプカーも行き来していました(汗)。

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(↑)そのかつての鉄道トンネルは途中で分岐していました。
  トンネルの途中に新たに造られた坑口を外に出ると
  武田尾温泉郷へと続く武庫川を渡る橋に出ます。

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(↑)橋を渡り、武庫川の対岸の道路へと出ました。
  ここが旧線時代、駅と温泉郷とを結ぶメインストリートだった道路
  ・・・なんですが、今なお電灯も少なく、細くてちょっと寂しい道です(汗)。
  ここがメインストリートだった旧線時代はこの辺り一帯は
  今よりもずっと秘境感漂う場所だったんでしょうね。
  
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(↑)対岸には今来た道(駅前道路)が見えます。
  福知山線の列車がここを走っている風景がかつてあったんです。

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(↑)再び、現在の福知山線の橋梁(現・武田尾駅)近くまで来ました。
  新大阪から福知山線経由で城崎温泉に向かう
  特急「こうのとり」(287系)が猛スピードで通過していきます。  
  旧線時代は特急「まつかぜ」、急行「丹波」「だいせん」などが
  走っていた福知山線ですが、複線電化とこの区間のショートカットで
  優等列車のスピードも格段にアップしたのは言うまでもありません。

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(↑)橋梁上からトンネル内にかけて
  かなり強引にホームを設置している今の武田尾駅ですが
  こうして見ると駅舎部分も渓谷の山肌を削って無理やり造った感が凄いですね(汗)。

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(↑)武田尾駅の橋梁下をくぐり下流側(旧駅側)へと出ました。
  今の福知山線は運転本数が多く、上下とも頻繁に列車がやってきますが
  単線非電化の一ローカル線に過ぎなかった旧線時代の
  この辺りの区間は1時間に1〜2本の列車が通るのみでした。

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(↑)対岸にはその旧線時代の線路跡である現・駅前道路、
  そして前方には大正時代からあるという神戸水道の送水橋が見えます。

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(↑)送水橋のさらにその先に一本の橋が見えてきました。
  旧線時代の武田尾駅前にあったという「温泉橋」という人道橋です。
  つまり、ここを渡った先が旧・武田尾駅前というわけです。

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(↑)「温泉橋」まで来ました。対岸のアーチ看板には
  「またどうぞ、お気をつけて」と書かれているのが見えます。

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(↑)その「温泉橋」を渡った先は・・・
  今は辺り一帯一面アスファルトの駐車場になっていました。
  実はこここそがかつての旧線時代の武田尾駅があった場所なんですね。
  昔の鉄道駅の遺構らしきものが少しでも残っていないか? 
  周辺を見回してみても、残念ながらそれらしきものは見当たりません。

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(↑)ただ、先ほどの橋のアーチ看板を振り返って見てみると
  そこには「歓迎 武田尾温泉」とでかでかと書かれています。
  今の武田尾駅の方が武田尾温泉郷に近いにもかかわらず
  こっちの橋のたもとに歓迎看板があることに
  ちょっと違和感を覚えるところですが・・・実はこの看板、
  かつてここが駅前だった時代からあったものだそうで
  (看板自体は、幾度となく補修されたり塗り替えられたりしているとは思いますが)
  これ自体が往時の面影といえるものなんですね。
  旧線時代、武田尾駅に降り立った温泉客はこのアーチをくぐり
  この橋を渡って武田尾温泉郷に向かっていたんです。

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(↑)今は駐車場の利用客を「歓迎」しているのかもしれませんが
  車での温泉客なら今は現・駅前道路を通って
  直接旅館まで車で行くと思いますので、
  この橋で歓迎する意味はもはやあまり無さそうです(汗)。
  とすると、やはりこの看板の存在は
  「ここが駅前だった時代の名残」という側面の方が強そうですね。

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(↑)実はこの看板も・・・
  武田尾温泉の「元湯旅館」さんの古い広告看板なんですが
  話によると、これも旧線時代の武田尾駅構内にあった看板だそうで
  当時とほぼ同じ位置で残されているんだとか。
  ぼたん鍋のメイン具材である猪キャラが温泉を楽しんでいる(?)
  なかなか面白いデザインの看板で、古き良き時代を感じます。

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(↑)バス停は、今もここが「武田尾」なんですね
  (現在の武田尾駅前のバス停は「JR武田尾」バス停)。

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(↑)旧・武田尾駅前にかつてあった商店や家なども既に姿を消し
  当時の駅前の面影はありませんが、ここが駐車場となった今は
  その周辺にまた新たな商店や住宅が建ち始めているようです。


さて、この後はいよいよ
現在ハイキングコースとして整備されている
武庫川沿いの旧線跡の遊歩道に入っていきますが・・・
また長くなってしまいましたので、この続きは次回にしたいと思います。
posted by 松風あおば at 23:55 | 日記

2020年08月24日

福知山線旧線跡(武田尾)を歩く(1)

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兵庫県尼崎市の尼崎駅から京都府福知山市の福知山駅を結ぶJR福知山線。
奇しくも2005年(平成17年)の尼崎駅〜塚口駅間での列車脱線事故
(JR福知山線脱線事故)で知れ渡ってしまった路線でもありますので
その名前をご存知の方は多いかと思います。

その福知山線・・・
もともとは阪神都市圏と丹波地方とを結ぶ
単線非電化のひなびたローカル線だった路線なんですが、
1980年代から90年代にかけて兵庫県北部のニュータウン開発による
沿線人口の急増に伴い輸送力増強を迫られたことから
路線の複線電化・運転本数増加が急速に進み、
現在はJR西日本のアーバンネットワーク(京阪神都市近郊路線網)を
構成する一大幹線となっているんですね。

そんなローカル線から一躍
都市近郊路線として大きく変貌した福知山線なんですが、
その単線非電化路線から複線電化路線へと切り替わる過程において
路線自体をショートカットするため
新たに作られたトンネルを経由する新線に切り替わる形で
廃止となった区間もありました。
それは、武庫川(むこがわ)の渓谷に沿って山間部を縫うように走っていた
生瀬(なまぜ)駅〜道場(どうじょう)駅間12.2kmの区間。
この区間には古くから温泉場のある武田尾(たけだお)駅もあり
この駅も旧線の廃止とともに新線上への移転を余儀なくされ
現在に至っているんですが、
その旧・武田尾駅と生瀬駅を結ぶ武庫川渓谷沿いのかつての旧線跡は
現在はハイキングコースとして整備され、鉄道マニアのみならず、
多くの人に知られる新たな観光スポットになっていたりします。

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(↑)武田尾駅周辺地図(当サークル『てつもえW』より抜粋)

当サークル「虹の卵」の、鉄オタ女子のお話『てつもえ』の
総集編4巻(『てつもえW』)にて描き下ろした
「番外編〜涼子のフォトトリップ(福知山線旧線)〜」は
主人公あずみのライバル(?)の撮り鉄女子大生・朝井涼子が
この武田尾を訪れるエピソードだったんですが、
この話、みなさんからの反響が予想以上に良かったんですよね(笑)。
私・松風はその資料集めなどもあって、2018年・2019年と、どちらも
5月の関西コミティア参加の延長旅行でこの武田尾を訪れていたんですが、
こちらの日記ではその時の話をすることなく今に至っていました(汗)。

奇しくも今年はコロナのせいで、5月の関西コミティアが中止となり
なかなか旅行にも行けない雰囲気となってしまっているところで、
今さらながらなんですが、今回(+次回+次々回)は
昨年の関西コミティアの後に訪れた際の写真でもお見せしながら
この武田尾周辺の旧線跡について紹介しようかと思います。


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(↑)時は2019年5月27日(関西コミティアの翌日)、
  大阪から福知山線の快速「丹波路快速」(223系)に乗り込みました。
  目指すは武田尾です。

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(↑)正確には、尼崎から先が福知山線です。
  列車はしばらくは関西都市圏の住宅地エリアを駆け抜けます。

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(↑)「丹波路快速」は武田尾には停まらないので宝塚で普通列車(207系)に乗り換えます。 
  関東在住の私にとって日頃乗る機会のないJR西日本の車両は
  何が来てもワクワクしますね(笑)。

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(↑)福知山線は宝塚より先は山あいに入っていきます。
  車窓の風景も一変し、緑が濃くなってきました。
 
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(↑)大阪から電車に揺られること40数分。
  列車はトンネルに挟まれた山あいの渓谷の駅に到着しました。
  ここが武田尾駅です。

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(↑)トンネルとトンネルの間に挟まれた
  武庫川の橋梁(第二武庫川橋梁)上にある武田尾駅。
  正確にいうと、ホームの北半分はトンネル(第1武田尾トンネル)の中にあります。


武田尾駅の開業は1899年(明治32年)・・・なんですが、
この場所に武田尾駅が設置されたのは1986年(昭和61年)のこと。
上述した1980年代の福知山線の複線電化工事の過程で
1986年8月に当駅を含む生瀬駅〜道場駅間の新線切り替えがあり
この駅は当初あった場所からここに移転してきたんですね。

旧駅跡はここから武庫川沿い(下流側)に350mほど離れた
この後訪れる旧線跡ハイキングコースの入り口近くにあるんですが、
まずは今の武田尾駅の様子から見てみることにします。

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(↑)ホームからは武庫川の渓谷が一望できます。
  歴史ある武田尾温泉の最寄り駅でもあるこの駅ですが、
  駅周辺にはほとんど何もなく、5月の青空の下、
  鳥のさえずりと川のせせらぎの音だけが響き渡っていました。
  
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(↑)列車が去った後のホームは一気に静寂に包まれます。

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(↑)半分トンネル内の駅なので、なんとも独特な雰囲気があります。
  人気が無いとちょっと怖い感じもしますね(苦笑)。  

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(↑)そんな秘境駅のような雰囲気満載の武田尾駅・・・なんですが、
  福知山線の列車の本数は結構多く
  上下とも毎時10数分間隔に普通列車がやってきます。
  通過列車(「丹波路快速」や特急「こうのとり」)も含めると
  結構ひっきりなしに列車が通り過ぎているという感じですね。

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(↑)ホームの橋梁部分からもう一度、武庫川の渓谷を眺めてみます。
  両岸の川沿いに道が通っていますが
  武田尾駅(駅舎)側の道路は実は福知山線の旧線跡。
  かつての線路跡が今はそのまま駅前通りになっているんですね。

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(↑)ということで、そろそろ駅の外に出たいと思います。
  今は無人駅なので改札口に駅員の姿はありませんが
  自動改札機は普通に(ICOCAなど)ICカードの利用が可能です。

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(↑)駅前(改札口前)は鉄橋(ホーム)の真下なのでちょっと圧迫感がありますね。
  温泉郷の入り口の駅らしく旅館への案内図も掲示されています。

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(↑)かつての鉄路である駅前道路へはスロープを下りていきます。
  こうしてみると、いかにも渓谷の狭い空間に強引に埋め込んだ駅
  という感じがしますね。

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(↑)駅前にはバス停(JR武田尾バス停)もありました。
  近くの集落との間を結んでいる路線バスのようで、観光向けではなさそうです。

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(↑)かつて福知山線が走っていた旧線跡は
  何の変哲もないアスファルトの道路に様変わりしていましたが
  昔日の鉄道時代の面影はどれほど残っているでしょうか?


というわけで、ここからかつての旧・武田尾駅跡、
さらにその先の旧線跡を利用した武庫川沿いのハイキングコースへと足を進めますが・・・
長くなりますので、この続きはまた次回にしたいと思います。
posted by 松風あおば at 23:31 | 日記

2020年08月21日

酷暑の残暑

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今日は日中、仕事で東京の都心部まで出かけていましたが
いや・・・暑い、暑すぎです(激汗)。

東京都心の最高気温は36.0℃。4日ぶりの猛暑日とのことでしたが
じりじりと強烈に照り付ける陽射しと、アスファルトの地面からの照り返しの熱気で
汗まみれの中、意識が吹っ飛びそうになっていました。

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岡山県の高梁では39.3℃を記録し、
大阪も38.6℃と観測史上2番目の暑さだったそうで
今日はこの夏でもとりわけ暑い日だったようですが、
気象ニュースも「猛暑」とか「酷暑」とかいった普通の言葉では表現しきれないとばかりに
「危険な暑さ」とか「災害級の暑さ」といった言葉で
熱中症などに対する警戒を呼びかけていましたね。
この猛烈な暑さの中、熱中症で搬送される人も急増しているようですが
実際外を歩いているだけで体力がどんどん消耗していくのを感じますので
「危険」とか「災害級」といった表現も決して大げさなものではないのがわかります。


各地の最高気温の記録更新も相次いでいるようですが
そういえば、つい先日の17日には、静岡県浜松市で
これまでの国内の観測史上最高気温に並ぶ41.1℃を観測したという
ニュースも流れていました。

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(↑)歴代の最高気温全国ランキング(気象庁データ)を見てみますと
  上位10位までのほとんどがここ数年の間に記録されたものであるのがわかります。


気象庁が明治時代に統計を取り始めてから、国内の最高気温は長年にわたって
1933年7月に山形市で観測された40.8℃という記録が破られずにいたんですが、
74年後の2007年8月に岐阜県多治見市で40.9℃が観測されて以降は
次々とその記録が更新されているんですね。

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(↑)高知県の江川崎(西土佐)でも2013年8月に41.0℃を観測し、
  当時の観測史上最高記録を塗り替えましたが
  この記録も数年で破られました(汗)。


私が子どもの頃は、気温が35℃を超える日なんて
ひと夏に2〜3日あるかないかというところでしたが
今や40℃超えなんて話も珍しいものではなくなってきてしまい、
もはや昔とは違う世界に住んでいるような気さえしてきます(汗)。
地球温暖化が予想以上に急速に進行しているのかもしれませんが
コロナウイルスの流行がなかったらこの夏は
この地獄のような暑さの中でオリンピックをやるはずだったというのも
今さらながらに恐ろしく思えてきますね。

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マスクの着用など、依然コロナ対策も求められる中ですが
厳しい残暑は全国的にもうしばらく続く見込みとのことですので
みなさんも引き続き、日々の熱中症予防には万全を期して
体調を崩されないよう十分お気を付けください。
posted by 松風あおば at 23:57 | 日記

2020年08月18日

絵師100人展 百ちゃん

漫画やアニメ、ゲーム、ライトノベルの挿絵など、
ポップカルチャー界の第一線で活躍する絵師(イラストレーター)100人の
描き下ろし作品を展示する企画展・・・「絵師100人展」。

2011年より、毎年4月末〜5月初めのGWに
秋葉原UDX内のAKIBA_SQUAREで開催されてきたこの企画展については
この日記でも何度か話題にしたことがあったかと思いますが、
10回目となる今年の「絵師100人展 10」はGWではなく
つい先週の8月8日(土)〜16日(日)の期間に開催されていたんですね。

しかし・・・私・松風は、先週はいろいろありまして
なかなか秋葉原まで遠出することが出来ず、
結局のところ今回はスルーせざるを得ませんでした(泣)。
本当だったら、今日あたり「絵師100人展に行ってきた」みたいな日記を
書く予定だったんですが、残念・・・ということで
今回は「絵師100人展」のマスコットキャラ・・・もとい、
守り神の「百(はく)ちゃん」でも描いておきます(↓)。

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絵師や参加者の集った思いが形になって生まれた新米のかみさまで
八百万の末席として絵師たちを見守り
手に持っている筆の神器「彩描桜(さいびょうおう)」の力で
色とりどりの絵を世界中に届けることが仕事
・・・という設定の百ちゃん。
「絵師100人展 05」より登場したキャラなんだそうですが
会場内の作品のいくつかをピックアップして解説する音声ガイドも
担当しているんですね。
百ちゃんの中の人(声優さん)は人気声優の佐倉綾音さん。
音声ガイドは600円追加の有料サービスなんですけど
あやねるファン(?)の私は、入場の際はためらうこと無く
いつも百ちゃんに600円を奉納しています(笑)。

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(↑)2018年(左)、2019年(右)の百ちゃん


ちなみに、今回の「絵師100人展 10」からはなんと
百ちゃんの後輩のかみさまという
「千ちゃん」なる新キャラクターも登場したようですね(↓)。

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千ちゃんは、これまで開催されてきた「絵師100人展」に集った
1000枚を超える作品に込められた想いが重なり合い生まれたかみさまだそうで
中の人は、これまた人気声優の伊藤未来さん。
これからは、百ちゃんと千ちゃんの二人体制、もとい二柱体制にて
「絵師100人展」を見守っていくんだそうですが、
音声ガイドもますます楽しいものになっていきそうですね
(今回行けなかったのがますます悔やまれるところですが)。
次回(来年)以降も大いに期待したいところです。
posted by 松風あおば at 23:35 | 日記

2020年08月15日

ヤモリ

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私・松風の家では、毎年春先から秋の終わり頃にかけて
毎晩ヤモリが姿を現します。

ヤモリ(二ホンヤモリ)は、爬虫類のトカゲの仲間で
実際、姿・大きさ(10〜14pくらい)ともトカゲによく似ていますが
夜行性の生き物で、垂直の壁や窓ガラスなどの表面を
ぴったり貼り付くようにして動き回れるという特徴を持っていて
夜になると窓明かりに集まる虫を捕食しに
どこからかともなくやって来るんですね。

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(↑)うちでは玄関のドア上の明かり取りの窓と
  台所の勝手口のガラス戸にヤモリがよく現れるんですが
  そこに集まってくる蛾などをよく食べています。
  一度に2〜3匹いることもありますが、
  縄張り争いも激しいらしくヤモリ同士の喧嘩もあり
  負けた方は退散を余儀なくされているようです。

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(↑)垂直の窓ガラスの表面に足の指で貼りつき
  虫を求めて上下左右、自由に動き回る姿はなんとも愛嬌あって
  ガラス越しに見ていてもなかなか楽しいです。

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(↑)外に出て直接見てみると・・・こんな感じ。
  色白で目が大きく、なかなかかわいい顔をしています(笑)。

ヤモリの足の指は一見、
タコの吸盤のようになっているようにも見えますが
実はそうではありません。
ヤモリの足の裏には、趾下薄板(しかはくばん)と呼ばれる器官があり、
この趾下薄板の表面に非常に細かい毛が生えていて
これらの毛が壁の表面の凸凹に噛み合わさることで
「ファンデルワールス力」なる力が生じるそうで、
その力を駆使することで、ヤモリは垂直の壁に貼りつき
動き回ることができるんだとか。
小さな生き物ながら、その姿には生命の神秘を感じますね。

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(↑)毎晩堂々と現れる割には意外と臆病らしく
  近くでじっくり観察しようとしたり、カメラを構えたりすると
  そそくさと逃げて行ってしまいます(汗)。
  
  
ヤモリは、昔から人間に身近な存在で
人に害を及ぼさず、逆に人家内外の害虫を捕食してくれることから
日本では「守宮」あるいは「家守」とも書くように 
「家を守る」益獣(縁起物)として大切にされてきました。
私の家の修繕に来る工務店の大工さんも
作業中にヤモリを見つけても決して殺さず他の場所にそっと逃がすそうで
私もたまに家の中に迷い込んできたヤモリを見つけた時などは
そっと捕まえて外に放してやったりしています。

ここ数年は、うちに現れるヤモリの数が増えた気もするんですが
逆にゴキブリが激減していて、そのへんもしかすると
何らかの因果関係があるのかもしれません。
(実際ヤモリはゴキブリの幼虫とかも食べるそうですので)。

季節の風物詩的に、
毎年静かに見守っているヤモリですが
知らず知らずのうちに、実はこちらも
その共存の恩恵を受けているのかもしれませんね。
posted by 松風あおば at 23:32 | 日記

2020年08月12日

列車の窓開け

8月も半ばに入りましたが、暑い日が続いていますね。

酷暑の中マスクをつけて外出しなければならないのが
今年の夏のツラいところですが
強烈な真夏の日差しが降り注ぐ中、汗まみれで駅まで辿り着き
冷房の効いた電車に乗り込むとホッとするものがあります。

・・・が、
今年の夏の電車の車内はいつもと何かが違います。
何が違うのかというと・・・

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そう、
冷房が入っているにも関わらず、窓が開いているんですね。
普通なら夏場は冷房の冷気を保つために窓は閉めきっているはずなんですが
今年は真夏の酷暑の中であっても
各車両数か所の窓が10pくらい開いているんです。


その理由は・・・
もはや言うまでもありませんが、コロナウイルス対策です。
集団感染防止のために避けるべきとされる
いわゆる3密のうちの「密閉」を回避するため、
現在は多くの列車があえて各車両の窓を少し開けて走行しているんですね。


車内の何か所かの窓を10p程度開けたところで
車内全体の換気など出来るものなのか?
・・・ともつい思ってしまいますが
鉄道総合技術研究所が発表した
「窓開け等による車内換気効果に関する数値シミュレーション」によると、
標準的な通勤型車両(速度約70km/h)において
窓を10cm程度開けて走行した場合、車両の混雑度にもよるものの
車内の空気は概ね5〜6分程度で入れ換わるそうで
また、窓開けに加えて
車内の空調装置を併用した場合や駅でのドア開放時においては、
換気がさらに促進するんだそうです。

新幹線や特急用車両など
車内の気密性の高い(ドアが少なく窓の開かない)車両は
空調装置に加え排気扇も併用して
車内の空気を排気しながら外気を取り込む換気システムが
もともと採用されており
また最近の車両は車内の温度や湿度を自動的に感知して冷房が作動し
適温への調節がなされるようになっているので
窓の開け閉めにより車内温度が大きく変化することも無いようなんですが、
それでも夏の電車の車内にいて、外から入ってくる風を感じると
どことなく新鮮な感覚も覚えますね。

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ただ、
車内環境は混雑状況や天候などによっても刻々と変わるもの・・・
体感的な冷房の効き具合や雨の吹きこみなどがないか等は
やはり乗務員が直接チェックしなければならないようで
そのためか、最近は車掌さんが車内を見回っているのも
頻繁に見るようになりました。
今年の夏はコロナの影響により各鉄道会社とも
乗客減による業績悪化が顕著ですが、
そのコロナ対策のために鉄道マンのみなさんの仕事は逆に多そうで、
なんとも頭が下がりますね(汗)。

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posted by 松風あおば at 23:16 | 日記

2020年08月09日

妄想・・・2020夏コミ

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「もし〜」「〜たら」「〜れば」の仮定の話など
ナンセンスなのはわかっているんですが・・・

もし、今年東京オリンピックの予定が入っていなかったら

もし、今年コロナウイルスが蔓延していなかったら

ちょうど今頃が夏のコミックマーケットの期間中で、
今日(8月9日(日))あたりが
うち(虹の卵)の参加日だったんだろうな

・・・と、ふと頭によぎった今日の午後でした。

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前回の冬コミが終了し、この2020年がスタートした頃は
まさかコミケもオリンピックも無い夏を迎えることになるとは
夢にも思いませんでしたが・・・
夏コミの無い夏は
実にゆっくり、まったりとした時間が流れています(笑)。
posted by 松風あおば at 23:56 | 日記

2020年08月08日

白くま(しろくま 白熊)

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みなさんは「白くま」ってご存知でしょうか?
ここで言う「白くま」とは、北極圏に棲息する本物の白い熊でもなければ
日立のエアコンでもありません(笑)。


今回話題にする「白くま」は、氷菓(かき氷)の一種。
九州は鹿児島の名物で
「練乳をかけたかき氷の上に缶詰の果物などを盛り付けて
さらにあずき餡を載せたもの」を
「白くま」と呼んでいるんですが
今はカップ詰めされた工場製品が全国規模で市販されているので
実際食べたことがあるという人は結構多いんじゃないでしょうか?


かき氷に練乳をかけて食べるというのは
わりと普通に思いつきそうな発想のようにも思いますけど、
この「白くま」・・・鹿児島ではかき氷の代表として昭和前期から親しまれ
今も鹿児島市内の多くの喫茶店や飲食店で提供されているそうで、
伝統的ご当地スイーツとしてすっかり根付いているんですね。

「白くま」の起源や名前の由来については諸説あり、
詳細は不明なんだそうですが、ウィキペディアによると・・・

(1)1932年か1933年ごろ
  鹿児島市西田本通りの綿屋が夏の副業として販売していたかき氷の
  新商品として作った練乳をかけたかき氷の名称に
  練乳の缶に貼られていたラベルに描かれていたシロクマを借用した

という説と

(2)1947年に、鹿児島市の喫茶店「むじゃき」の創始者が
  ミルクのシロップをかけたかき氷を考案し、豪贅に見えるように
  みつ豆の材料の三色寒天、サイコロ状に切り落とした羊羹、あずき豆、
  缶詰のフルーツ、干しブドウなどを色鮮やか盛り付けて好評を得たが
  これの干しぶどうが目に見えて白熊に似ていることから「白くま」と命名した

という説の2つの説が主に伝わっているとのこと。

近年、観光ガイド本やインターネット、TV番組などでも話題になり、
また、工場製品が全国規模で市販されるようになったことで
「白くま」の知名度は格段にアップしたそうなんですが
今では日本の代表的な氷菓の一つとして、鹿児島のみならず
全国的に多くの人に愛される夏のスイーツになりつつあるようです。



そんな「白くま」・・・
今回あえて話題として挙げたのは
実は私・松風が最近これにちょっとハマっていたりするからなんですね(笑)。
私が賞味しているのはもちろん
飲食店のメニューとして提供されているものではなく
巷のスーパーやコンビニのアイス売り場にて市販されているカップ製品。
市販品の「白くま」の製造元も、
セイカ食品、丸永製菓、セリア・ロイル、センタンアイスクリームなど
いくつかのメーカーがあるそうなんですが、
私が住む横浜北部地域のスーパーの店頭で一番よく見かけるのは
丸永製菓さんの「白くまシリーズ」(「しろくま」「白熊」「白くま」)なので
私にとっての「白くま」といえば、この丸永製菓さんの製品となります。


梅雨が明けた途端、
連日のように猛暑の続く今日この頃ですが
そんな中でこそ旨い「白くま」ですので
今回はいつも私が食べているその「白くま」をみなさんにも見せびらかし
もとい、ご紹介したいと思います。

なお、さっきから「白くま」とか「しろくま」とか「白熊」とか
いろいろ書いていますが、表記ブレとかではありません。
(とりあえず総称するときは「白くま」の表記を使っていますが)
丸永製菓さんの「白くまシリーズ」には実はいろいろなタイプがあるんですね(↓)。


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(↑)これがスーパーなどで最もよく見かけるタイプの「しろくま」。
  一番オーソドックスで馴染みの商品なんですが
  1個あたりの容量が245mlと大きめで、かなりボリュームがあります。
  トッピングはパイナップル、さくらんぼ、みかん、キウイゼリーソース、
  小豆甘納豆と彩り鮮やかで見ているだけで楽しくなりますが
  練乳もたっぷりかかっていて、フルーツの酸味と練乳の甘さとの
  相性が抜群なんですね。ロングセラー商品なのも頷ける逸品です。

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(↑)こちらは「しろくまストロベリー」。その名の通り「苺」のしろくまです。
  サイズ(量)は普通の「しろくま」と同じなんですが、
  一面たっぷりの苺(冷凍の刻んだ苺)がトッピングされています。
  こちらも練乳のかかったかき氷がベースなんですが、
  さらに容器の底の方に苺ソースも入っていて
  練乳氷と苺果肉・苺ソースのハーモニーが絶妙です。

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(↑)こちらは小さめサイズの「白熊」。
  レギュラーサイズの「しろくま」だと量が多すぎるという人向けなのか(?)
  1個あたりの容量が135mlと少なめになっています。
  味の方は上記の「しろくま」とほぼ同じなんですが
  トッピングのさくらんぼとパイナップル、キウイゼリーソースが無く
  代わりにチェリーソースとパイン果肉入りソースが載っています。

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(↑)こちらは「白くまデザート」シリーズの「白くまデザート 練乳」。
  練乳氷がベースなのは上記の「しろくま」「白熊」と同じですが
  黄桃と苺、小豆甘納豆、そしてバニラアイスがトッピングされていて、
  かき氷とアイスクリームの両方の味と食感を楽しめるタイプとなっています
  (容量は175ml)。

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(↑)同じく「白くまデザート」シリーズの「白くまデザート いちご」。
  苺の果汁と練乳のかかった氷に、こちらも黄桃と苺、小豆甘納豆、
  バニラアイスがトッピングされていて、見た目の彩りが鮮やかな上に
  一度にいろいろな味を楽しむことができます。

丸永製菓さんの「白くまシリーズ」には他にも
バータイプのものやパフェタイプのものがあったりしますが
やはり私としてのお奨めは、これら昔ながらの練乳氷をべースにした
かき氷カップ商品なんですよね。

そんなこんなで
このちょっと粗目のかき氷と甘い練乳との
絶妙なコラボが味わえる「白くまシリーズ」が
最近の私の真夏の楽しみの一つになっている、という次第なんですが
コロナと猛暑でなかなか遠出して美味しいものを食べに行くのも
やりにくい今のような時期は
こうしたささやかな楽しみがより一層楽しくなりますね。


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ちなみに・・・
今回写真に撮った「白くまシリーズ」商品は
もちろん全ていっぺんに食べたわけではありません。
「しろくま」1個以外は撮影後、
再びすぐにフタをして冷凍庫に戻しております、ハイ(汗)。
posted by 松風あおば at 18:41 | 日記